過去との対面⑪ 対面
そして迎えた日曜日。
桜もすっかり散り、ついこの間まで美しいピンク色で彩られていた桜の木々には緑の葉が出てきていた。僕はこの日、朝早くから目が覚めていた。お供え物は昨日、百貨店に買いに行った。先生は彩音さんの好きなものでいいと言っていたが、僕なりにネットで調べてみてゼリーの詰め合わせを買い、弔事用の包装もしてもらった。合わせて数珠も購入した。服装は先生に制服でいいと言われているので、汚れがないかチェックした。本当はクリーニングに出したかったが、間に合わないので諦めた。先生との待ち合わせの時間は12時30分なので、先に昼食を済ませなくてはいけない。荷物の準備もできているので、僕は11時前に早めの昼食を摂った。それから、自室に戻り、携帯電話を取り出した。そして、メールをした。
〈彩音さん。今から会いに行くね。〉と。
それから少し早いが11時30分前には自宅を出発した。約束のM駅の改札には随分早く着いた。思えばM駅に来るのも久しぶりだ。彩音さんと付き合っていた時はよく来ていたがそれ以来だなと思い、少し感傷的になった。そんなことを考えながらしばらく待っていると風宮先生がやって来た。
「あら、私も少し早いかなと思ってきたのに随分と早く来ていたみたいね。やっぱり緊張する?」
今日はスーツで身を固めた風宮先生が言った。
「はい。緊張してます。今日も早く目が覚めて落ち着きませんでした。」
「そうね。気持ちは分かるわ。それじゃ、行こうか。」
先生はカバンから地図を取り出した。どうやら彩音さんの家を調べてくれていたみたいだ。そういえば僕は彩音さんの住所を知らなかったんだなと今更ながらに思った。先生は地図を見ながら歩き出し、僕も先生について行った。道中は僕も気持ちを察してか、先生は何も話しかけてこなかった。15分ほど歩いたところで、先生が立ち止まった。
「どうやらここみたいね。」
そう言って1件の家の前で立ち止まった。2階建てのかなり大きな家だった。門柱のところに表札がかかってあり、確かに『六城』と書かれてあった。
「大丈夫?心の準備は出来てる?」
先生が僕の顔を見ながら聞いてきた。
「はい。大丈夫です。」
緊張はしていたが、覚悟は決めてきたのでキッパリと僕は答えた。
「それじゃあ行くわよ。」
そう言って先生はインターホンを押した。
「はい。どちら様でしょうか?」
インターホンから女性の声がした。
「先日、お電話させていただきました暁南高校教諭の風宮と申します。」
先生が丁寧に答えた。
「しばらくお持ちください。」
しばらくして、玄関から中年の女性が姿を現した。普段着ではなく、きっちりとスーツを着用していた。この人が彩音さんのお母さんなのかと僕は緊張しながら思った。
「本日はわざわざお越しくださいましてありがとうございます。どうぞ、上がってください。」
その女性はそう言って僕たちを家の中に案内してくれた。
「失礼します。」
先生と僕は案内されるがままに家の中へと入っていった。そして、客間へと通された。
「どうぞお座りになって楽にしてください。主人を呼んでまいりますので。」
女性はそう言うと、部屋を出て言った。
僕は座ってもいいものかどうか分からず、先生の方をチラっと見た。先生は座らずに立ったまま待っていたので、僕もそれに倣うことにして立っていた。するとすぐに先ほどの女性とともにこちらもキッチリと背広を着用した中年の男性が入ってきた。
「どうぞ遠慮なさらずにお座りください。」
女性は重ねてそう言った。
「それでは失礼いたします。」
そう言うと先生は勧められた座布団に腰を下ろした。
「失礼します。」
僕も先生に倣ってそう言うと座布団に腰を下ろした。僕たちが座ると男性も座布団に腰を下ろした。ちょうど僕たちと向かい合う形になった。女性は再び部屋を出て行った。
「今、家内がお茶を用意しておりますので、話はそれからにしましょう。」
男性がそう言った。
「分かりました。」
先生が応じてくれた。
しばらくして、女性がお茶とお茶菓子を持って部屋に入ってきたが、その間、3人とも無言だった。少しの時間だったが僕にはとても長く感じた。女性がその場の全員分のお茶を配り終わると男性が口を開いた。
「本日はわざわざお越しくださいましてありがとうございます。まあ、お茶でもどうぞ。」
「こちらこそ、休日にお時間をいただきましてありがとうございます。私は暁南高校教諭の風宮と申します。」
先生はお茶には手を付けず丁寧に自己紹介をした。
「これは丁寧なご挨拶をありがとうございます。私は六城彩音の父親です。こちらは、母親になります。」
男性は先生の自己紹介にたいしてそう応じた。
「そちらの男性は?」
彩音さんの父親を名乗った男性が僕の方を見て言った。急に話をふられて僕は焦った。ここに来るまでに、何をどう言おうかいろいろとシミュレーションしてきたつもりだったが、この瞬間頭の中が真っ白になった。
「あ、えーと、僕は桧室と言います・・・。」
僕はそれだけ言うのがやっとだった。
「桧室君というのか。そうか・・・。」
彩音さんの父親も何をそう言ったらいいのか分からない感じだった。そこに、彩音さんの母親が声を挟んできた。
「桧室君は、彩音とどういう関係だったの?」
まずは当然の質問だった。
「生前の彩音さんとお付き合いをさせていただいていました。」
僕は全てを正直に答えようと決めていたのでこの質問には迷わず答えた。
「そうなの。君がそうだったの・・・。随分探したのよ。彩音の遺書で1通だけ宛名がなかったから。どうして、名乗り出てくれなかったの?」
母親が僕をじっと見つめて言った。
「それは・・・。きっと怒られるからと思って言えませんでした。」
僕は少し俯き加減になって答えた。
「それは、最初の頃は怒り心頭だったんだよ。でも、時間が経つにつれ、私たちは親として彩音のことをきちんと理解してやっていたのだろうかと考えるようになってね。考えれば、私たちの親の希望を彩音に押し付けていただけだったんではないかと思うようになってね。」
と父親が最後の方は少し涙ぐみながら言った。そして、ハンカチで涙を拭って、顔を上げて言った。
「今ではもう、怒ってないよ。だから、桧室君、君のことや彩音との関係を私たちに教えてくれないかね。」
「はい。分かりました。」
それから僕は、彩音さんと簿記の講座で出会ったこと。そして一緒の時間を過ごしているうちに好きになって僕から告白したこと。休日にデートしたり、学校帰りに会っていたことなどをできるだけ細かく話した。彩音さんの両親は僕の話を、時に頷きながら真剣な顔をして聞いてくれた。
「そうだったのね。彩音にも幸せな時間があってよかったわ。」
涙ぐみながら母親が言った。
「でもよく、公立の中学で簿記の講座を受ける気になったね。」
と父親が言った。
「いえ、中学は上陽館中学に通っていました。」
「へえ、上陽館か。あそこは中高一貫のはずだけど、なぜ公立の暁南高校に?」
不思議そうに父親が聞いてきた。
「実は上陽館中学に行ったのも親に言われて行っただけで本当は地元の公立中学に行きたかったんです。それで、親に無理を言って高校は公立高校に行かせてもらいました。」
「そうか。彩音の遺書に書いてあることと一緒のことを言っているね。彩音も本当は公立校に行きたかったみたいだからね。」
しんみりとした感じで父親が言った。
「でもよく名乗り出てくれる気になったわね。」
今度は母親が言った。
「それは・・・。」
僕が言い澱んでいると、横から先生が助け舟を出してくれた。
「それは、偶然なのです。職員室で私の机に置いてあった資料を見て、彼が取り乱したのを見て、発覚したのです。ところで、彼に彩音さんの遺書をお見せいただくことはできませんでしょうか?」
「遺書?そうでしたね。宛名が分かった以上、桧室君に渡さないといけないね。その前に、彩音に会ってやってくれませんかね。」
父親はそう言って立ち上がった。
「こちらです。」
そう言って案内された部屋にはまだ新しい仏壇が置いてあった。そこには彩音さんの遺影があった。
(彩音さん・・・。やっと会えたね。)
僕は部屋の入り口で仏壇を見て立ち尽くしてしまった。
「さあ、桧室君。彩音はここにいるよ。何か声をかけてやってくれないかね。」
父親の声に僕は我に返った。そして、持ってきたお供え物を仏壇の前に備えた。
「お供え物を持ってきてくれたのか、ありがとう。彩音も喜ぶよ。線香も上げてやってくれんかね。」
そう言われて、僕は線香に火をつけて供えた。そして、両手を合わせた。気づけば先生も僕の横で両手を合わせていた。手を合わせながら目をつぶると、いろいろなことが脳裏によみがえってきた。初めて会った日のこと、告白した日のこと、デートに行ったこと・・・。結構長い時間手を合わせていたが、その間、両親と先生はじっと待っていてくれた。そしてようやく僕は顔を上げた。
「たくさん。話はできたかね。」
穏やかに父親が声をかけてきてくれた。
「はい。久しぶりに彩音さんと会えて嬉しかったです。」
僕は答えた。このとき、不思議と涙はこみあげてこなかった。きっと、両親を前にして極度の緊張状態にあったからだろうと思う。そんな僕に父親が1通の手紙を渡してくれた。




