過去との対面⑤ 彩音さんの幻影
「ところで、ここにいるみんなは同じ小学校出身なのね?」
先生が僕らを見渡して言った。
「はい。西小です。」
乾君がみんなを代表して答えた。そこから少し5人で雑談が始まった。他愛もない話をしているとき先生の机の上にあった資料がふと僕の目に入った。
《女子高校生自殺事件について》
そこにはこんな記事が書かれてあった。
『昨年の4月、S市在住のRさんが自宅で手首を切って自殺した。遺書には「決められた将来と、毎日の生活に疲れました。先立つ不孝をお許しください。」といった両親あての遺書と、素性不明の男性あての遺書があり、そこには「今まで楽しかった。ありがとう。」といった内容が書かれてあった。この痛ましい事件の背景には、Rさんに対する両親の過度の期待・干渉が背景にあったのではないかと推察される。我々教職に就く者として、このような悲劇を二度と起こさないようにしなければならない。そのためには・・・』
何気なく読んでいた僕はハッとした。これは、彩音さんのことを書いた記事ではないか!僕の中で、決して忘れることのできない思い出の数々が瞬時に蘇ってきた。
(彩音さん、彩音さん、彩音さん・・・)
僕はうわ言のようにつぶやいていた。もう、この段階で、僕の状態は正常でなかったのかもしれない。体を小刻みに震わせ、目は虚ろになってうわ言をつぶやいている僕。そんな僕に風宮先生が気付いた。
「桧室君?どうしたの?具合でも悪いの?」
風宮先生が訝しげに僕に聞いてきた。
(彩音さん、彩音さん、彩音さん・・・)
相変わらず焦点の定まらない目で体を震わせながらうわ言を言っている僕には風宮先生の声は届いていなかった。僕の異変に気付いた風宮先生は椅子から立ち上がって僕の両肩を掴んで揺さぶって言った。
「どうしたの?しっかりしなさい!どこか調子が悪いの?」
身体を揺さぶられたことによって、僕は少し現実に引き戻された。でも、目に映った風景は僕には理解できなかった。
「うわぁ!」
と声にならない叫び声をあげて僕は風宮先生を振り切りその場から走り出していた。
「桧室君!どこへ行くの!みんな、桧室君が変よ!追いかけるわよ!」
言いながら風宮先生が僕を追ってきた。
「おい、桧室!どうしたんや!」
乾君たちも続いて追いかけてきた。ちょうど、乾君を待っていた斎藤さんも何事かと続いてきた。
僕は闇雲に走り続けた。後ろから僕を呼ぶ声が聞こえたような気がするが、ただただ走り続けた。途中で階段があり、階段を夢中で駆け上がった。すると、目の前に扉が見えた。
「いけない!その扉の先は屋上よ!だれか早く彼を止めて!」
風宮先生が悲痛な声で叫んだ。その時、僕は朦朧とした意識の中で扉を開けようとしていた。
でも、その一瞬の時間で十分だった。後ろから追いかけてきていた乾君が僕に追いつき、僕を羽交い絞めにして叫んだ。
「どうしたんや!桧室!」
「離せ!僕も彩音さんの所に行くんだ!」
僕はそう叫んでいた。乾君と2人で絡み合っているうちに、僕は足を滑らせ後頭部から倒れてしまった。
“ゴン!”僕は床に頭をぶつけた。
「うっ!」
小さくうめき声をあげて僕は気を失った。
「おい!桧室!大丈夫か!」
乾君が僕を揺さぶりながら叫んだ。
「おそらく大丈夫だと思うわ。気を失っているだけだと思うから。みんなで、保健室まで彼を運びましょう。」
追いついてきた風宮先生が冷静に言った。
「分かりました。」
そう言って乾君が僕を背負って保健室まで運んでくれた。その道中、みんな無言だった。




