episode3-8
騒動の経緯をまとめると、こうだった。
原因は校庭に設置されているサッカーコートだった。放課後、木村を筆頭とする五年一組の男子たちは、帰宅したあと再び集合し、サッカーに興じていたそうだ。以前から、塾などが休みの日には学校で遊んでいたようなのだが、もちろん、校庭は日が暮れるまでは解放してあるので、それ自体は何の問題もない。
問題は、彼らがサッカーをし始めて数十分後に、今度は四年三組の児童がやってきたことだった。彼らも、校庭のサッカーコートを利用しようとしていたのだが、彼らの方が一歩遅かったのだ。ちなみに、校庭にはサッカーコートは一つしかない。
初めは、コートを使用しているのが上級生だったため、諦めようかという雰囲気だったのだが、それに納得せず、交渉に乗り出したのが四年三組の大森圭太だった。大森は単身で、五年生たちの輪に乗り込んでいったのだ。
初めは大森の要求を突っぱねたものの、彼は五年生相手に食い下がり、自分の要求を通そうとした。彼のあまりのしつこさに、次第に木村たちもたじたじになってしまい、どうすればいいかと思案したのだが、結果的に、クラスで一番頭のいい岡部が対応することになったのだ。
「僕たちは家に帰り、誰かにコートをとられないように急いでここに来た。だから、このコートを使う権利は僕たちにある」
岡部は大森に向かって、はっきりとそう言いつけた。しかし、半ば意地になった大森はここでも引かなかった。
「校庭はみんなのものだから、お前らがずっと使い続けるのはおかしい。時間で区切って交替すべきだ」
スポーツが苦手な岡部はおそらくサッカーなどどうでもいいと思っていただろうが、クラスメイトに押される形で、なんとかコートを死守しようとした。正しいか間違っているかはともかく、理路整然で攻めて来る岡部に対し、大森の苛立ちがピークに達し、ついに、彼は岡部を突き飛ばしてしまった。
それに怒ったのが木村だった。大森が岡部を突き飛ばした瞬間、木村は大森に掴み掛かり、押し倒そうとした。しかし体格の差からそれもうまくいかず、互いに、揉み合いになっているところへ、僕たちが駆けつけたというわけだった。麻倉先生が見たのは、大森が岡部を突き飛ばすちょうどその瞬間だったのだ。
僕は亘先生と一緒に木村と大森から話を聞いただけだったが、岡部や柏木から事情を聞いた道元先生の話と照らし合わせても、おかしいところは何もなかった。
念のため、木村と大森両家の保護者に連絡を入れ、事の顛末を伝えた。大きな怪我をした児童もいなかったので、呼び出しなどはしなかった。二人には形だけの握手をさせ、とりあえずお開き、となった。
「銀河君、大丈夫でしたか?」
一騒動を終え、職員室でコーヒーを飲んでいると、麻倉先生が心配そうにそう声を掛けてきた。
「あ、はい。転んだだけで、かすり傷もないそうですから」
「でも、もともと手に怪我をしているから心配です……」
「……ああ、手の方は大丈夫ですよ。それよりも、大森君の方は大丈夫かな。年上の木村君にあんな風にされたから、きっと怖かったと思いますよ 」
「うーん……そんなタマではないとは思いますけど、一応フォローいれておきます」
ふと窓の外に目をやる。校庭は、いつもの静けさを取り戻していたが、僕の心はざわつくような風が吹き荒れていた。大森は確かに大柄で力もありそうだったから、岡部が突き飛ばされてしまったことに疑問はない。しかし、それではなぜ、大森と取っ組み合いになるほどには力のある木村が、岡部に怪我を負わされてしまったのだろう。元々感じていた疑念が、ここでさらに大きくなってしまった。
「……それにしても、どうしてあの子、あの場にいたんだろう」
「え?」
「いや、岡部君です。あの子はスポーツが苦手だし、いつもは勉強で忙しそうだから、どうして校庭に来たんだろうって……」
「翔君に誘われたんじゃないですか……あ、でもそれはないか」
どうやら、先ほどの会話の内容を思い出しているようだ。
「そう言えば、うちのクラスの柏木さんとか、四年生の方も女の子が来ていましたよね。彼女たちもサッカーが好きなのかな」
「ああ、彼女たちは応援ですよ」
「ああ、応援……。へぇ、今の子はサッカーの練習の応援なんかするんですね」
「そりゃあ、付き合っている男の子がいれば応援もしたくなりますよ」
確かにそうかもしれないな。好きな人が何かに打ち込んでいる様子なんてものは、何時にも増して魅力的に見えたりするものだ……。
ん?
「つ、付き合ってる?」
「ええ、綺羅ちゃん、サッカーの練習に来てた子の中に彼氏がいるんですよ。陽君って言うんですけど」
あやうくコーヒーカップを落としそうになった。え、ここ、小学校だよな?
「かっ、かかか、彼氏がいるの? まだ四年生なのに」
僕の狼狽ぶりを見て、麻倉先生はクスリと笑った。
「なに父親みたいなこと言ってるんですか。そんなに珍しい話でもないですよ?」
そそそ、そうなのか。い、いやでも、確かに聞いたことはある。恋愛の低年齢化、恋愛ブーム等々……しかし、どこか遠い国の話のように捉えていたのかもしれない。いやはや、反省反省……。
「いや、でも心配だなぁ……。小学生じゃ、ほら、正しい知識を持っているかどうかも不安だし……」
あ、これセクハラかな、と内心焦ったが、麻倉先生は気にも止めていない様子だった。
「もちろん、その辺は危惧しなきゃいけないですけど、誰かを好きになるっていうのは人として当たり前なんですから、必要以上に目くじらを立てることもないと思いますよ」
「いや、別に目くじらは立てないけども……」
年を取ると、なかなか変化に対応出来なくなってくるものなのだ。それも、身近であればあるほどに。
「僕は、草食系だからなぁ……」
「あ、やっぱりそうなんですか」
やっぱりって……。まぁ、この歳で独身じゃ、そう思われても仕方ないのかな……。
「それよりも、岡部君と木村君の件はどうするおつもりですか?」
ああ、そうだ。そっちの問題があった。
「あ、うん。明日、二人から話を聞いてみるつもりだよ。もちろん、安藤さんから聞いたということは伏せるけど」
そう言っては見たものの、正直気分は乗らない。なにしろ、何が起きているのかさえ、僕にはまだ分かっていないような気がするからだ。
安藤が見たもの、木村の母親の危惧、手の甲の怪我、そしてなによりも、それらを包み込んで隠そうとしているような違和感。普通に考えれば、木村と岡部のいざこざ。きっとそれが正解なのだろう。でも、それは僕から見えている一面に過ぎないような気もしている。単純に見えて、実は、その他たくさんの思いや悪意が絡み合っているような、そんな不気味な感覚さえ覚えるのだった。




