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第8話 帰る道を知る騎士

猛吹雪の到来まで、あと四日。


 フォルクハルト辺境伯邸の裏手に広がる雪原では、領内から集められた若者たちによる『救援隊』の雪中行軍訓練が行われていた。


 彼らは体力とやる気には満ちている。

 だが、孤立した村を救うための専門的な訓練を受けたことはない、ただの農家の次男坊や木こりの青年たちだ。


「遅い! もっと足を上げろ! 雪に足を取られるな!」


 若者の一人が声を張り上げ、先頭を切って雪を掻き分けていく。

 吹雪が迫っているという焦りが、彼らの歩調を無駄に早めさせていた。


「おい、そっちは遠回りだ。この斜面を突っ切った方が早いぞ!」


「よし、俺に続け!」


 血気盛んな若者が、なだらかに見える雪の斜面へと足を踏み入れようとした。


 その時だった。


「止まれッ!」


 空気を切り裂くような鋭い怒号が、雪原に響き渡った。


 声の主は、少し離れた場所で訓練を見守っていた大柄な男。

 王都騎士団を追われた元騎士、ガレスだ。


 彼は右足を引きずりながら、太い木の杖をついて斜面の前まで歩み出た。


「何だよ、あんた」


 若者の一人が、不満げに口を尖らせる。


「足が悪いからって、俺たちの邪魔をしないでくれ。吹雪が来る前に、早く移動する訓練をしておかないと……」


「死にたいなら一人で死ね。だが、仲間を巻き込むな」


 ガレスは若者の言葉を冷たく遮ると、自分がついていた太い杖の先で、若者が踏み入ろうとしていた斜面の雪を力強く突き刺した。


 ドサァッ……!


 鈍い音と共に、一見平坦で安全に見えた雪面が大きく崩れ落ちた。


 そこにあったのは、大人が三人すっぽりと飲み込まれるほどの深い雪の空洞――クレバスのような亀裂だった。


「なっ……!?」


 先頭を走っていた若者が、青ざめて尻餅をつく。


 あと一歩踏み出していれば、彼は間違いなくあの雪の底へ転落し、自力では這い上がれなくなっていたはずだ。


「雪面の鳴る音が軽かった。それに、風の向きだ」


 ガレスは崩れた斜面を見下ろしながら、短く実戦的な言葉を紡いだ。


「あの岩の配置とこの風向きなら、ここは雪の下に空洞ができる吹き溜まりになる。よく見ろ。周囲の雪と比べて、ほんのわずかに影の落ち方が暗いだろう」


 若者たちは息を呑み、誰も一言も発することができなかった。


「いいか、よく聞け」


 ガレスは若者たちを振り返り、その歴戦の目を光らせた。


「敵陣に突撃し、華々しく命を散らすのは、王都の騎士団が好む戦い方だ。だが、お前たちは違う。お前たちの仕事は、死にに行くことじゃない」


 ガレスは自らの動かない右足をドン、と杖で叩いた。


「孤立した村から民を救い出し、一人も欠けずに全員で帰ってくること。それが救援隊だ。勝つための歩き方はいらん。生きて帰る道を見極めろ」


 張り詰めた空気の中、若者たちの顔つきが明確に変わった。


 彼らの目に浮かんでいた焦りは消え、目の前に立つ足の悪い男への確かな信頼と畏敬が宿っていた。


 少し離れた場所からその様子を見ていた私は、思わず深く頷いた。


 王都騎士団は、前線で突撃できない彼を「足手まといの役立たず」として見捨てたのだろう。


 だが、辺境の雪山においては、突撃するだけの体力馬鹿など何十人いても意味がない。


 必要なのは、雪崩を避け、クレバスを見抜き、部隊を全滅させずに生還させる技術だ。


 ガレスは、帰る道を知っている。


 彼以上の適任者はいない。


「アメリア様」


 横に立っていたレオンが、一枚の書類を私に差し出した。


 見ればそれは、ガレスを責任者とし、若者たちを適材適所に割り振った『救援隊編成表』だった。


 相変わらず、私の思考を先読みするような不器用で完璧な補佐ぶりだ。


「ありがとう、レオン。助かるわ」


「……業務の一環ですので」


 レオンが少しだけ視線を逸らした時、雪原の向こうからけたたましい馬のいななきが聞こえてきた。


「なんだ……?」


 ガレスがいぶかしげに振り返る。


 屋敷の正門に、この辺境にはおよそ似つかわしくない、金と赤で豪奢な装飾が施された馬車が滑り込んできたところだった。


 王家、あるいはそれに準ずる中央の権力者の紋章が刻まれている。


 馬車の扉が開き、中から上等な毛皮のコートを着込んだ男が降り立った。


 男は雪の上に降り立った瞬間、自分の磨き上げられた革靴が辺境の泥と雪に汚れたのを見て、ひどく忌々しげに顔をしかめた。


「チッ……泥まみれの田舎が。これだから辺境には来たくなかったのだ」


 傲慢で、周囲をあからさまに見下すような声。


 私とレオンが歩み寄ると、その男――王都財務院の巡察使であるロイス卿は、尊大な態度でふんぞり返った。


「フォルクハルト辺境伯令嬢とお見受けする。私は王都財務院のロイスだ」


 ロイス卿の嘲笑に満ちた視線が、私の隣に立つレオンを射抜く。


「……そちらの、王都で恥を晒した元侯爵令息の顔を見に来てやったぞ」


 吹雪という自然の脅威を前に、王都からの最も厄介な嵐が、泥靴を踏み鳴らして到着した瞬間だった。

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