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第6話 吹雪まで五日、席を作る

「本格的な吹雪の到来まで、おそらくあと五日です」


 執務室に、レオンの淡々とした声が響いた。


 彼の手元には、各村から上がってきた報告書と、昨晩の徹夜作業で組み上げられた新しい備蓄台帳が開かれている。


「備蓄の小麦はどうにか足りますが、周辺の孤立しがちな村を守るには、圧倒的に足りないものがあります」


 レオンは手元の紙にペン先を滑らせ、次々と課題を書き出していった。


「凍傷を防ぐための薬草、各家庭に配る毛布、そして何より暖房具。さらに、猛吹雪の中で村々へ物資を運び、孤立した民を救い出す『救援隊』の編成が必要です」


 私は書き出された一覧を見て、重いため息をつきそうになるのをぐっと堪えた。


 領主代行としての重圧が、肩にのしかかる。


「人員が足りないわ。吹雪の中で馬車を動かせる熟練の指揮役もいないし、物資の出入りを正確に管理する記録係も足りていない。これでは、救援に出た部隊ごと雪に飲まれてしまう」


 父が病に伏せている今、領内の人材は限られている。


 焦る私に対し、レオンは静かにペンを置いた。


「人員の不足分については、先ほど到着した馬車で補えるかもしれません」


「到着した馬車?」


「はい。王都方面からの流民を乗せた荷馬車が、先刻、屋敷の中庭に着きました」


 王都からの流民。


 嫌な予感がして、私はすぐに立ち上がり、中庭へと向かった。


 中庭には、雪まみれになった数台の粗末な馬車と、肩を寄せ合って震える十数人の男女の姿があった。


 案内したオルドが、顔をしかめながら私に耳打ちする。


「お嬢様。王都の役所や騎士団、工房などから『使えない』と追放され、中央に居場所を失った者たちらしいです。ひどく憔悴しています。温かいスープを与え、納屋の隅にでも休ませておきましょうか」


 確かに彼らは、敗残兵のようにうつむいていた。


 特に私の目を引いたのは、ひどく萎縮した三人の姿だ。


 常にビクビクと周囲を窺い、何かを聞かれても蚊の鳴くような声しか出せない小柄な少女。


 分厚い手袋をして、火の気のない小さな魔導具らしきものを大事そうに抱える、ひ弱そうな若い職人。


 そして、歴戦の体格を持ちながらも、右足に酷い怪我を負い、痛々しく杖をつく傷だらけの元騎士。


「……王都の役立たず、ですか」


 背後からついてきたレオンが、彼らを見てボソリと呟いた。


 オルドがそれに頷く。


「ええ。声が小さすぎて会議の役に立たない記録係。大広間を暖める魔力を持たない三流の魔導具職人。それに、前線で突撃できなくなった足手まといの元騎士だそうです」


 オルドの言葉は残酷だが、王都の評価基準からすれば事実なのだろう。


 華やかで、力強く、声の大きい者だけが生き残る中央では、彼らの欠点は致命的だ。


「可哀想に。お嬢様、やはり慈善として数日は……」


「オルド」


 私は家令の言葉を遮り、中庭の冷たい風の中でまっすぐに彼らを見据えた。


「吹雪まであと五日なのよ。可哀想だからと、ただ温かいスープを飲ませてお客様扱いする余裕が、今のうちにあると思う?」


 オルドが息を呑む。


 私は、雪の中で震える三人をもう一度見た。


 声の小さな少女は、周囲の怒鳴り声に怯えながらも、こちらの会話を一言も聞き逃すまいと耳を澄ませている。


 若い職人は、自分の体よりも先に、抱えた小さな魔導具へ雪がかからないよう庇っていた。


 足を負傷した元騎士は、杖に体重を預けながらも、中庭の雪の積もり方と馬車の轍を鋭い目で見ている。


 王都は、彼らの欠けた部分だけを見て捨てたのだろう。


 だが、ここは王都ではない。


 大声で会議を仕切れなくても、聞いた数字を正確に残せるなら、物資の出入りを記録できる。


 大広間を一瞬で暖める魔力がなくても、小さな部屋を長く暖められるなら、診療所や孤児院を救える。


 前線で突撃できなくても、雪道で死なない歩き方を知っているなら、救援隊を生きて帰せる。


「……席はあるわ」


 私は小さく呟いた。


 レオンが、こちらを見る。


「アメリア様?」


「王都で使えないと言われた理由が、そのままここでの使い道になるかもしれない」


 私は三人を見据えたまま、早口で続けた。


「声が小さいなら、怒鳴り合う会議の中心ではなく、記録に置く。魔力が弱いなら、大広間用ではなく、小型で長く動く暖房具を作らせる。足が悪いなら、突撃役ではなく、雪中行軍の訓練役にする」


 言葉にした瞬間、ぼんやりしていた可能性が、明確な形を取り始めた。


「でも、それだけでは足りないわ。誰をどこに置けば、どれだけの不足を埋められるのか。救援計画全体の中で機能する形にしないと、ただの思いつきになる」


 私は振り返り、臨時補佐官の男を見た。


「レオン。私が見つけた席を、使える配置にして」


 私が問うと、レオンの虚ろだった目に、あの『仕事人』の冷徹な光が宿った。


 彼は懐から手帳を取り出し、先ほどの不足の一覧と、中庭で震える三人を交互に見比べる。


「……無駄が多すぎますね」


「何が?」


「王都の評価基準です」


 レオンは素早い手つきで、ペンを走らせた。


「アメリア様の方針であれば、現在の不足分と噛み合います。大声を出す必要のない記録部署、省魔力を前提にした暖房具の量産、突撃ではなく帰還を目的にした救援隊訓練。いずれも、今の辺境に必要な機能です」


 紙の上で、彼のペンが迷いなく動いていく。


 不足物資。

 必要人数。

 配置場所。

 優先順位。

 責任者。


 私が見つけた「席」が、レオンの手によって、実際に動く「配置表」へと変わっていく。


「声の小さな少女、ミラ」


 レオンは書き上げた一行を指で示した。


「彼女の発言力は皆無ですが、こちらの会話を聞く姿勢と指先の動きから、耳の良さと筆記の癖が見て取れます。物資搬入の【記録係】に配置します。発言ではなく、紙で報告させればよい」


 次に、若い職人へ視線を向ける。


「魔力の弱い職人、ニコ。彼が抱えている魔導具は、省魔力で長時間駆動する構造に見えます。王都の大広間には不向きでも、診療所や孤児院には向いている。診療所向けの【小型暖房具の量産】に回します」


 そして、杖をつく元騎士。


「足を負傷した元騎士、ガレス。重心の置き方を見るに、足場の悪い場所での歩き方を熟知している。彼には、前線ではなく【救援隊の訓練・経路選定役】を任せます。突撃ではなく、生還を目的とする部隊には最適です」


 レオンは書き殴った一枚の紙を破り取り、私に提示した。


 それは、不足していた穴を埋めるための『配置表』だった。


 王都が「欠点」と呼んで切り捨てた部分を、辺境の「武器」として反転させるための明確な席が、そこには用意されていた。


 私が席を見つける。


 レオンが、その席を機能させる。


 たったそれだけのことなのに、胸の奥に奇妙な確信が灯った。


 一人では届かない場所に、この男となら手が届くかもしれない。


「……さすがね」


 私は配置表を受け取り、満足して笑みを深めた。


「私の思いつきを、もう使える形にしてしまうなんて」


「思いつきではありません」


 レオンは即座に否定した。


「領地に必要な役割を見極めた、領主代行としての判断です。私は、それを表にしただけです」


 飾り気のない言葉だった。


 けれど、不思議と胸の奥が温かくなる。


「なら、その表を使わせてもらうわ」


 私は配置表を手に、雪の中で震える彼らの前へと歩み出た。


「フォルクハルト辺境伯領・領主代行として告げます」


 私のよく通る声に、ミラが肩を跳ねさせ、ニコが顔を上げ、ガレスが杖を握り直した。


「あなたたちに、毛布と温かい食事を用意します。ただし、それは慈善や同情ではありません」


 私はレオンの書いた配置表を掲げてみせた。


「吹雪が来ます。領民を救うために、あなたたちの持つ技術と知識が必要です」


 ミラの唇が、かすかに震えた。

 ニコが、抱えていた小さな魔導具をぎゅっと握る。

 ガレスの目に、消えかけていた騎士の光が戻る。


「王都が何と呼ぼうと関係ない。私は、あなたたちを必要だから雇うのです」


 三人の目に、信じられないものを見るような驚きと、微かな戸惑いが広がった。


「休むのは今夜だけよ。明日から、それぞれの席で働いてもらうわ」

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