第58話 奪われる看板
バツ印の描かれた財務院の封印札が、再任用室の扉に無情にも貼り付けられた。
だが、監察官の刃はそれだけでは終わらなかった。
彼らは、私たちが物資を動かすための『機能』そのものを、徹底的に削ぎ落としにかかったのだ。
「レオン・クラウゼン。調査が完了するまで、お前が領内の正式な台帳に触れることは一切禁ずる。……台帳棚の鍵は、我々が管理する」
兵士が執務室の奥にある書庫の鍵を奪い、重い錠前を下ろした。
レオンの冷徹な計算能力も、その源泉となる正式な数字と過去の記録に触れられなければ、ただの頭の回転が早い男にすぎなくなってしまう。
「ミラ。お前の記録机も使用禁止だ。王都の許可なく、領内の配布記録を勝手に照合することは許されない」
「そ、そんな……」
ミラが震える手で机から引き剥がされる。
凍結の波は、領主の館の中だけにとどまらなかった。
監察官の指示を受けた兵士たちは、領都にあるニコの工房へも踏み込んだ。
「王都の安全審査が完了していない魔導具の製造および出荷を、当面の間停止する」
ニコが必死に徹夜で調整していた何百個もの暖石と小型暖房具が、兵士たちの手によって次々と木箱に詰められ、封印されていく。
さらに、ガレスが指揮していた自警団の救援訓練までもが、「王都の正規の命令系統から外れた私兵の動きである」として、強制的に解散を命じられた。
ヴェラに至っては、王都の夜の店で会計をしていた過去を理由に、「王都の金流に触れる資格の再審査」の対象にされ、身動きすら取れなくなってしまった。
それは、見事なまでの『解体』だった。
夜。
冷え切った館の一室に集まった彼らの顔には、深い疲労と、どうしようもない絶望の色が濃く滲んでいた。
「……やはり、我々のような王都の爪弾き者が、表舞台でまともな仕事を与えられることなど、許されないのでしょうか」
ニコが、煤で汚れた手をきつく握りしめながら、沈痛な面持ちで俯いた。
ガレスも無言で壁に寄りかかり、ミラはヴェラの背中に隠れるようにして小さく震えている。
私は、胸の奥が冷たい手で鷲掴みにされるのを感じた。
彼らの顔は、私が辺境で初めて彼らに席を用意した時と、同じ顔をしていた。
王都で「無能」「臆病者」「声が小さい」「出自が卑しい」と嘲笑われ、社会から追放され、自分が何者でもなくなったかのような絶望の顔。
再任用室が解体されるというのは、ただ部屋の看板が外され、一部署が消滅するということではない。
私がようやく一つに繋ぎ合わせ、正しい能力を正しい場所へと座らせた彼らの『席』が、もう一度無慈悲に奪い取られ、ばらばらにされるということなのだ。
(絶対に、許さない。……でも)
私は怒りで全身が震えるのを必死に堪え、握りしめた拳から血が滲みそうになっていた。
今すぐあの封印を力ずくで破り捨て、彼らを元の席に戻したい。
だが、そんな感情的な違法行為に走れば、それこそバルツァーたちの思う壺だ。
「やはり代行令嬢は王国の法を遵守できない反逆者だ」と、私から完全に領地経営の権限を剥奪するための、決定的な口実を与えてしまう。
法という絶対の盾に守られた悪意を前に、私の手足は完全に縛られていた。
「アメリア様! 大変です!」
重苦しい沈黙を破り、オルドが血相を変えて部屋に飛び込んできた。
彼の外套には、分厚い雪がべったりと張り付いている。
「山間の東の村から、早馬の使いが来ました! ……寒波が予想以上に早く本格化し、村の薪が完全に尽きたそうです! このままでは、今夜にも凍死者が出ると……至急、薪と暖石の救援要請です!」
窓の外では、白い悪魔のような猛吹雪が、狂ったように窓硝子を叩きつけていた。
再任用室は封じられ、台帳は見られず、暖石の出荷は止められている。
だが、寒波は私たちの都合など待ってはくれない。
手足を縛られた絶望的な状況下で、領民たちの命の刻限が、音を立てて削られようとしていた。




