第54話 審問の終わりと、次の罠
翌日の貴族院。
重苦しい空気の中で、二日間にわたる合同審問の最終的な裁定が下された。
「……以上の証拠および証言に鑑み、裁定を下す」
審問官の声が、静まり返った大理石の部屋に響き渡る。
「王都認証印の認可過程における重大な矛盾、ならびに粗悪な製品による危険を招いた責任を重く見、エルヴェ商会の王都における商取引資格を、当面の間停止とする」
マルセル・エルヴェは顔面を蒼白にし、護衛の騎士に両脇を抱えられながら、力なく審問室から引きずり出されていった。
辺境の命を脅かした彼の商会は、彼自身の言葉と私たちの証拠によって、その基盤を大きく崩されたのだ。
「さらに」
審問官は、傍聴席の隅に立つ男へと視線を向けた。
「レオン・クラウゼンの婚約破棄に関わる騒動について。提出された席順表や茶会の記録から、一部の者による意図的な風説の流布と、作為的な舞台立てがあったと認められる」
その言葉が落ちた瞬間、傍聴席からユリウス・セイルへ向けられる視線が、劇的に変わった。
「美しい貴公子」への羨望は、「卑劣な嘘つき」への軽蔑へと反転していた。
ユリウスは微かに唇を歪めると、誰とも目を合わせることなく、足早に審問室から立ち去っていった。
彼の社交界での信用は、もはや修復困難なほどに傷ついただろう。
そして、レオンに向けられていた冷たい嘲笑の眼差しも、すっかり鳴りを潜めていた。
王都の貴族たちは悟ったのだ。
彼が不当な演出によって陥れられ、発言の機会を奪われていたという事実を。
(……勝った)
私は隣に立つレオンを見上げた。
少なくとも、今日この場では。
彼の横顔には、長年彼を縛り付けていた重い鎖がようやく解けたような、静かな安堵の光が差していた。
けれど、私の胸の奥に残った冷たい違和感は消えなかった。
これは大きな勝利だ。
でも、完全な勝利ではない。
その予感は、傍聴席の最前列で立ち上がった一人の男によって、すぐに現実となった。
「まことに遺憾である」
財務院長バルツァーだった。
彼は微塵の焦りも見せず、厳かに声を張り上げた。
「認証局の末端の役人による不手際と、商会の独断。そして、社交界の若者たちの行き過ぎた振る舞い。……我が財務院として、このような事態を未然に防げなかったことは、痛恨の極みだ。今後はより一層の綱紀粛正に努める所存である」
見事なまでの、トカゲの尻尾切りだった。
彼はすべての責任を「末端の不手際」と「若者の暴走」として切り離し、自身や財務院中枢への追及を完璧にかわしてみせたのだ。
私たちが積み上げた証拠の刃は、あの老獪な黒幕の首筋には、あと一歩のところで届かなかった。
審問が散会となり、私とレオンが貴族院の静かな廊下を歩いていると、背後から足音が近づいてきた。
「見事な采配だった。……フォルクハルト領主『代行』殿」
振り返ると、バルツァーが数人の従者を従えて立っていた。
彼は私を辺境伯の娘としてではなく、あえてその脆い肩書きで呼んだ。
「王都を追われた者たちを集めた『再任用室』とやら。実に興味深い試みだ。……君のその行動力には、感服するよ」
「お褒めに預かり、光栄ですわ」
「だが」
バルツァーの冷たい蛇のような目が、私とレオンを射抜いた。
「それはあくまで、正式な領主の決裁を経ない、代行の独断による『仮の部署』にすぎない。王国制度において、素性の知れない者たちの不透明な人材登用を、いつまでも放置しておくわけにはいかないだろう。……王都の、厳格な規律に関わることだからね」
それは、明確な宣戦布告だった。
私は一歩も退かず、彼の目を真っ直ぐに見返した。
「彼らは素性の知れない者ではありません。確かな成果を生み出す、私の領地に欠かせない領民です。……その規律が正しいものかどうかは、いずれまた、証明されることになるでしょう」
バルツァーは短く鼻で笑うと、言葉を残さずに廊下の奥へと消えていった。
彼の背中を見送りながら、レオンが低く呟く。
「……彼らは悟ったのです。私一人を笑い者にし、信用を殺しただけでは、辺境の反撃を止められなかったと」
「ええ。だから次は、彼らの証拠を疑うのではなく……『証拠を生み出す席』そのものを奪えばいいと考えているのよ」
王都の次なる標的。
それはレオン個人の過去でもなく、私が集めた証拠の粗探しでもない。
私が作り上げた『再任用室』という組織そのものの解体と、私自身の『代行権限』の剥奪だ。
「帰りましょう、レオン。私たちの辺境へ」
「はい。……あの席を、絶対に守り抜くために」
王都での戦いは、大きな勝利と名誉の回復をもって幕を閉じた。
だが、巨大な権力による本当の攻撃は、これから始まろうとしている。
私たちは、王都に渦巻く新たな危機の足音を背に受けながら、自分たちが戦うべき居場所へと、力強い歩みを進めた。




