第52話 笑い者の席ではなく
「さあ、何か言ってみろ、クラウゼン!」
ユリウスの美しい顔から仮面が剥がれ、残酷な嘲笑が審問室に響き渡った。
彼は証言台の前に立つレオンへとにじり寄り、かつての断罪劇の夜を完全になぞるように、容赦のない言葉の刃を突き立てる。
「お前はあの夜、何を考えてエレナ嬢を泣かせた? なぜ今も、あの時と同じように震えている? ……答えられないのだろう? お前の中には、初めから自分を証明する言葉など何一つないのだから!」
傍聴席の貴族たちから、同調するような野次が波のように押し寄せる。
「恥知らずめ」「さっさと王都から出て行け」「弁明の一つもできない無能が」
「所詮、君は誰にも選ばれない男だ」
ユリウスは両手を広げ、まるで哀れな動物を見るような目でレオンを見下ろした。
「王都を追われ、行き場を失い……辺境の令嬢に同情で拾われただけの、哀れな駒だ。……違うか? 違うと言うなら、今ここで、自分の言葉で否定してみせろ!」
ユリウスの容赦ない攻撃に、レオンの表情が完全に凍りついた。
その瞳から光が消え、呼吸が浅くなる。彼は今、あの夜会の絶望的な無力感の中に引き戻され、再び王都時代の『完全な沈黙』へと陥ろうとしていた。
(……このままじゃ、駄目だわ)
彼が言葉を失えば、王都の嘘が勝つ。
私が集めた証拠も、彼が辺境で積み上げてきた実績も、すべてが彼自身の沈黙によって殺されてしまう。
沈黙が長引き、ユリウスが勝利を確信したような薄ら笑いを浮かべた、まさにその瞬間だった。
「……いい加減になさい」
私は証言台の横から、迷うことなく彼らの間へと歩み出た。
そして、公衆の面前であることも構わず、微かに震えていたレオンの右手を両手で強く握りしめ、そのままグッと彼の腕を引いた。
「アメリア、様……?」
レオンが驚いて目を見開く。
私は彼の腕を引き、はっきりと『私のすぐ隣の席』へと彼を立たせた。
「同情で拾ったですって? ……冗談じゃないわ」
私はユリウスの空虚な目を真っ直ぐに睨み据え、傍聴席の貴族たち全員に聞こえるように、声を張り上げた。
「私は彼を、その正確な計算能力と、領民の命を守るための冷徹な仕事ぶりを見て『選んだ』のよ!」
私の言葉に、審問室がざわめく。
「王都が『笑い者』として捨てたこの男は、辺境の雪山で、何百人もの命を救うための補給を完璧に計算し切ったわ! 彼は可哀想だから私の隣にいるんじゃない。彼の記録と、彼自身の仕事が、私たち辺境に絶対に『必要な人間』だったからよ!」
私はレオンの手に、さらに強い力を込める。
彼がこれ以上、過去の呪縛に囚われて冷たくなってしまわないように。
「あなたたちのように、口先だけの美しい嘘で誰かの信用を殺すような連中とは違う。……彼は、仕事で人を生かす男よ!」
私の叫びに、野次を飛ばしていた貴族たちが気圧されたように口を閉ざす。
「アメリア、様」
私の強い言葉と、彼を握る手の熱が伝わったのだろうか。
レオンの瞳に宿っていた暗い影が、ゆっくりと晴れていくのがわかった。
彼は、私が強く握っていた手を、そっと解いた。
だが、それは私から離れるためではない。彼は自分から一歩だけ私の前に出ると、ユリウスの顔を真っ直ぐに見返したのだ。
「……セイル卿」
レオンの口から紡がれたのは、ただの台帳の読み上げでも、冷徹な計算式でもない。
彼自身の感情を伴った、彼だけの『言葉』だった。
「確かに私は、かつて自分の言葉を持たず、不誠実な沈黙で人を傷つけた愚か者だ。あなたの言う通り、弁明すらできなかった無能だったかもしれない」
彼は自分の過去の罪から逃げず、はっきりと認めた。
その上で、彼は自分の隣に立つ私を、ほんの少しだけ振り返った。
「だが……今の私は違う」
レオンの声は、雪山の冷気のように澄み渡り、そして誰よりも熱を帯びていた。
「アメリア様が私に与えてくれた、『フォルクハルト領筆頭補佐官』というこの席に、私は強い誇りを持っている。……私はもう、あなたの悪意に対して、ただ沈黙して逃げるような真似はしない」
それは、愛の告白ではない。
だが、王都の悪意に立ち向かい、私の隣にいることを彼自身が明確に『選んだ』言葉だった。
「私は、この方の隣で。辺境が導き出した『正しさ』を、最後まで証明し続ける」
レオンの静かな、けれど決して揺るがない反撃の言葉。
その瞬間、ユリウスの顔から完全に余裕の笑みが消え失せ、冷酷な嘲笑に満ちていた審問室の空気が、初めて完全に一変したのだった。




