第50話 席順と招待状
マルセルが引きずり出され、商業的な不正が暴かれた後でも、ユリウス・セイルの優雅な微笑みは微塵も崩れていなかった。
「どうか誤解しないでいただきたい」
ユリウスは芝居がかった仕草で胸に手を当て、傍聴席の貴族たちへ向けて語りかけた。
「あの夜会の出来事は、単なる不幸な恋愛のもつれから起きた悲劇にすぎない。私はただ、無惨に傷つけられたエレナ嬢を庇い、彼女の涙を拭いたかっただけなのです」
彼は同情を誘うように伏し目がちになり、その視線を証言台のレオンへと向けた。
「レオンが彼女に冷たく接し、夜会の場で一言も弁明せず、ただ不誠実な『沈黙』を貫いたからこそ……周囲の貴族たちが義憤に駆られ、結果的に彼を断罪することになった。すべては彼自身の招いた結果であり、私が彼を陥れたなどというのは、見当外れな言いがかりだ」
美しい言葉で飾られた、完璧な被害者と擁護者の構図。
傍聴席の貴族たちが「その通りだ」「セイル卿は立派だ」と頷き合う。
「……それは、違います」
そのユリウスの美しい嘘を断ち切ったのは、静かに証言台の横へと歩み出た、エレナ・ロシュフォール本人だった。
「エレナ嬢……?」
ユリウスが、想定外の登場人物にほんの少しだけ目を丸くする。彼はエレナが自分に同調し、再びレオンを責め立てるものだと信じ込んでいるようだった。
だが、エレナの瞳はユリウスの甘い言葉に酔うことなく、冷たく冴え渡っていた。
「あの夜会は、偶然起きた悲劇などではありません」
エレナは手提げ鞄から、大切に保管していた紙の束を取り出し、審問官の前の机に広げた。
「この『夜会の席順表』と『古い招待状』の控えをご覧ください。……あの日、会場には本来なら決して同席しないはずの、異なる派閥の貴族たちが意図的に招かれていました。そして、私とレオン様は、物理的に言葉を交わせないほど、不自然に遠く引き離された席順になっていたのです」
傍聴席がざわめき始める。
「さらに、断罪の引き金となる野次を飛ばした『証人』たちは、最初からユリウス様の周囲を固めるように配置されていました。これが偶然の席順だとおっしゃるのですか?」
「……馬鹿な。ただの会場の手違いだろう」
「手違いではありませんわ」
ユリウスの反論を、今度はミラの小さな、けれど確かな声が塞いだ。
ミラは分厚い記録用紙をめくり、一つの議事録の写しを掲げた。
「あの……夜会より前の時期に開かれた、複数の茶会での発言記録です。ユリウス様が『突然の悲劇』と仰ったあの夜会の、さらに二週間も前から……ユリウス様が主催されたお茶会の席で、『レオン様が婚約者を泣かせている』という噂が、意図的に流布されていた記録が、明確に残っています」
ミラが読み上げた日付の矛盾が、ユリウスの「突発的な悲劇」という言い訳を完全に論破した。
「夜会の前から噂を流して下地を作り、席順を操作して二人を分断し、自らの取り巻きを配置して断罪劇を演出した……。ユリウス様、あなたは私の涙すらも、レオン様を社会的に抹殺するための道具として利用したのですね」
エレナの静かな、けれど怒りに満ちた告発に、審問室は水を打ったように静まり返った。
誰の目にも明らかだった。
レオン・クラウゼンの婚約破棄騒動は、決して若者たちの恋愛感情のもつれなどではない。誰かの周到な悪意によって完璧に仕組まれた、社会的な公開処刑の舞台だったのだと。
(……これで、ユリウスの嘘は崩れた!)
私が勝利を確信し、レオンを見たその時。
窮地に立たされたはずのユリウスが、ふっと、底知れぬほど冷酷な笑いを漏らした。
「……計画? 噂? それがどうしたというのだ」
ユリウスは悪びれる様子もなく肩をすくめ、嘲笑に満ちた目でレオンを指差した。
「私が舞台を用意したとして、それが彼の無実を証明することになるのか? 結果として、彼はあの場に立たされながら、一言も弁明できなかったではないか!」
ユリウスの刃は、用意された証拠ではなく、レオンの心の一番脆い傷跡へと直接振り下ろされた。
「婚約者を泣かせ、周囲から非難を浴びても、自分を守る言葉一つ紡げない無能。……それが彼の本質だ! 彼が自ら選んだその惨めな『沈黙』こそが、彼自身の信用を殺したのだ!」
ユリウスの残酷な叫びが、審問室に響き渡る。
レオンの沈黙そのものを最大の武器として反撃に出たユリウスの言葉に、レオンの肩が、あの雪山の寒さの中にいる時のように、微かに震え始めていた。




