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第49話 認証日付の矛盾

一時休廷が明け、貴族院の審問室は再び重苦しい静寂に包まれた。


 証言台の前に立つマルセル・エルヴェは、先ほどの余裕を少しだけ崩し、不審げに私たちを見据えている。


 彼の目は、ミラが証言台に置いた分厚い記録用紙の束に注がれていた。


「……何を見つけたというのだ。あの三流職人の落書きに、どれほどの価値があるというのか」


「では、お確かめください」


 レオンはミラの記録用紙を手に取り、その中の一枚をマルセルの目の前に滑らせた。


 それは、ニコがまだ王都の工房にいた頃、最初の『小型暖房具』の原図を工房の親方へ提出した日付を示す調書だった。


「ニコ殿が、最初の小型暖房具の原図を王都工房の親方へ提出したのは、昨年の『霜月の十日』です」


 次にレオンは、マルセルが持ち込んだ粗悪な暖房具の裏側、王都認証印が押された部分を指差した。


「そして、あなたが『完全なオリジナル』だと豪語し、安全性を保証したこの商品。……ここに刻印されている王都認証の認可日は、同じ年の『神無月』」


 レオンは銀細工のペンで、二つの日付を交互に叩いた。


「マルセル会頭。あなたの商会は、ニコ殿が最初の原図を王都工房へ提出するよりも前に、すでにこの商品の認証を通過している。……どういうことですか? 商会連盟の職人たちは、まだ提出されていない設計図を読み取る魔法でもお使いになるのですか?」


 審問室が、どよめきに包まれた。


「なっ……! い、いや、それは……!」


 マルセルの顔から、サッと血の気が引く。


 設計図が提出される前に、その設計に酷似した商品が王都認証を受けている。


 通常の審査では、絶対に起こり得ない日付の逆転だった。


 つまり、エルヴェ商会の商品は、単なる盗作疑惑に留まらない。


 王都認証印そのものの日付が、誰かの手で不自然に用意された疑いがあるということだ。


「……で、でたらめだ! あの三流職人の方が、我々の過去の設計図を盗み見て真似をしたのだ! そうに決まっている!」


 マルセルは額に脂汗を浮かべ、苦し紛れの反論を叫んだ。


「なるほど、そちらがオリジナルだと。……では、この『構造鑑定書』をご覧いただきたい」


 レオンは微動だにせず、ドミニクが作成した分厚い羊皮紙を突きつけた。


「王都工房で何十年も鉄を叩いた職人、ドミニク殿の鑑定結果です。……あなたの商品からは、ニコ殿の設計の根幹である『安全弁』が意図的に省かれている。材料費を浮かすために、熱を逃がす機構を根こそぎ削り取った、紛れもない粗悪品だ」


「それは……っ」


「さらに申し上げますわ」


 レオンの言葉を引き継ぐように、ヴェラがパチンと扇子を鳴らし、『金流表』を証言台に広げた。


「この粗悪品を作るために使われた材料費。その出所を辿ると、エルヴェ商会の裏側の資金には、見覚えのある流れが混ざっていますの」


 ヴェラは、黒い商印が押された伝票の写しを示した。


「北方七領の補助金に関わる『北七号』と、同じ経路を示す伝票がある。少なくとも、あなた方の商会が、北方向けの資金の流れと無関係だったとは言えませんわね」


 彼女は艶やかに微笑む。


「ただし、今ここで財務院中枢の責任まで断じるつもりはありませんわ。まず問われるべきは、あなた方エルヴェ商会が、危険な粗悪品を安全な王都認証品として売り捌いた事実。そして、その商品の認証日付が、通常ではあり得ない形で逆転している事実です」


 日付の矛盾。


 構造の欠陥。


 そして、黒い商印と不自然な金流。


 三つの証拠が噛み合い、マルセルの退路を確実に狭めていく。


「ち、違う! これは何かの間違いだ! 私は騙されたのだ!」


 マルセルは必死に言い逃れようとするが、レオンが冷たく言い放つ。


「騙された、とは? あなたは先ほど、ご自身の署名でこう明言しましたね。『商品の販売における全責任は商会にある』と」


 レオンが示した調書の署名が、彼自身の首を絞める決定的な縄となった。


 完全に逃げ場を失ったマルセルは、すがるような目で、傍聴席の最前列に座る一人の男を見上げた。


「い、院長! バルツァー院長! どうかご発言を! この王都認証印は、財務院の認証局から正式に――」


「そこまでだ、マルセル会頭」


 マルセルの叫びを遮るように、傍聴席から低い声が響いた。


 白髪混じりの怜悧な男。


 財務院長バルツァーが、重々しく立ち上がっていた。


 彼の表情は、鉄面皮のように一切動いていない。


「……嘆かわしいことだ」


 バルツァーは冷ややかな声で告げた。


「認証局の一部の役人が、商会との不適切な関係によって、このような不手際を起こしていた可能性があるとは。王都の権威を傷つける、許しがたい行為だ」


「な……い、院長!? 話が違う……!」


 マルセルは絶望に目を見開いた。


 バルツァーは、自分へ火の粉が及ぶ前に、マルセルと認証局の一部の役人をあっさりと切り離したのだ。


「財務院として、ただちにエルヴェ商会の商取引資格を停止し、認証局内部の調査を行うことを約束しよう」


「連れて行きたまえ」


 バルツァーの冷酷な指示により、衛兵たちが崩れ落ちるマルセルを両脇から抱え上げ、審問室から引きずり出していった。


 王都認証印という絶対の盾は崩れ去り、春市の騒動に関する私たちの主張は、見事に正当性を証明された。


(……でも、まだ終わっていない)


 私は、傍聴席で薄ら笑いを浮かべているユリウス・セイルを睨み据えた。


 商業的な不正は暴いた。


 だが、財務院の中枢には逃げられた。


 何より……レオンの信用を決定的に殺した『社交界の嘘』という、最も厄介な標的が残っている。


「さて、商会の不正については決着がついたようだが」


 ユリウスが、わざとらしく手を叩きながら立ち上がった。


「彼が『無能な冷血漢』であるという、社交界の決定的な評価は、まだ何も覆っていないよ? アメリア嬢」


 過去の断罪劇の真実を暴くための、真の戦いが始まろうとしていた。

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