第47話 王都認証印の盾
「果たして……その男の言葉を信じるに値するのか?」
審問官の冷酷な言葉に、傍聴席から同調するような嘲笑が湧き上がった。
レオンが過去の傷を抉られ、彼が提示しようとした記録や数値の信憑性そのものが、王都の悪意によって握り潰されようとしている。
その圧倒的に不利な空気の中、一人の男が余裕に満ちた笑みを浮かべて証言台の横へと歩み出てきた。
仕立ての良い豪奢な外套を羽織った、王都商会連盟の会頭、マルセル・エルヴェだった。
「審問官殿、並びに貴族院の皆様方。どうか我々商人の悲痛な訴えをお聞きいただきたい」
マルセルは芝居がかった手振りで一礼すると、従者に持たせていた一つの魔導具を高く掲げた。
それは、春市で火事を引き起こした、あの粗悪な小型暖房具だった。
「ご覧ください。この商品には、国が品質と安全を保証する『王都認証印』がしっかりと刻印されております。我々エルヴェ商会は、法に従い、正しい手続きを経てこの商品を流通させました」
彼は私とレオンを流し見ながら、言葉を続ける。
「しかし、フォルクハルト辺境伯領の代行令嬢は、この由緒正しき商品を、いわれのない難癖で強引に販売停止へと追い込んだのです。さらに、王都を追われた三流職人の偽造品を『本物』だと嘯き、我々の商品の設計を盗んだとまで主張している。……国の認証を無視する暴挙によって、我々商会は多大な損害を被りました」
傍聴席の貴族たちが、「辺境の田舎令嬢め」「国の認証に逆らうとは何事か」と囁き合う。
「信用を失った男が持ち込む怪しげな記録などより、この国が定めた認証こそが絶対の真実です。どうか、彼らの不当な処置に対し、厳正なる裁きを」
マルセルの巧みな弁舌によって、審問室の空気は完全に彼らのものとなっていた。
王都認証印。それは王都の商人たちにとって、何よりも強固で絶対的な盾だ。
だが、どれほど野次が飛ぼうとも、私の隣に立つレオンの表情は、氷のように冷徹なままだった。
「……発言をよろしいでしょうか」
レオンが静かに口を開くと、審問官が不快そうに眉をひそめた。
「手短にしたまえ、クラウゼン。君の弁明など聞く耳は持たんが」
「弁明ではありません。確認です」
レオンは懐から、私が贈った銀細工のペンを取り出し、証言台に用意された調書に向き直った。
私たちは、ここでいきなりすべての証拠を突きつけるような愚は犯さない。春市の時と同じだ。まずは彼ら自身に、逃げ道を塞ぐ言葉を口にさせなければならない。
「マルセル会頭。この神聖な審問の場において、皆様の前で改めて確認させていただきたい。……その商品は、間違いなくエルヴェ商会が独自に開発した『正規品』ですね?」
レオンの淡々とした問いかけに、マルセルは鼻で笑った。
「当然だ。我々の優秀な職人たちが、長い時間をかけて開発した最高の商品だ」
「その商品の安全性についても、エルヴェ商会自身が『完全に保証』している。そして、フォルクハルト領にいる職人ニコの製品とは『全くの別物』であり、この商品の販売における『全責任』は商会にある。……それで相違ありませんね?」
マルセルは、レオンが何を狙っているのかに気づかない。
王都の威光と認証印という絶対の盾に守られていると信じ込んでいる彼は、傲慢な笑みを浮かべたまま、高らかに宣言した。
「ええ、その通りです。我々の誇るオリジナルであり、安全性も含め、責任はすべて我々エルヴェ商会が負うと明言しましょう」
「審問官殿。今のご発言、調書に記録を」
「……よかろう」
審問官の指示により、書記官が調書にマルセルの言葉を書き込み、そこにマルセル自身が迷いなく署名をした。
「……確かに、言質をいただきました」
レオンは署名がなされた調書の写しを引き寄せ、低く呟いた。
その瞬間、マルセルの退路は、彼自身の言葉によって完全に塞がれた。
「さて、これで我々の潔白と責任の所在は証明された。もう君たちの妄言を聞く必要は……」
マルセルが勝ち誇ったように言い放ち、審問官が木槌を手に取ろうとした、その時だった。
「あ、あの……お待ちください」
レオンの背後から、小柄な記録係のミラが一歩、前へ進み出た。
貴族たちからの刺さるような視線に、彼女は肩をすくめ、声も小さく震えている。
だが、その両手には、辺境で彼女が書き留め続けた分厚い記録用紙の束と、ニコから預かった設計図の写しが、しっかりと握りしめられていた。
「なんだ、その娘は。下がるがいい」
「いえ……こちらに、記録が、あります」
ミラは審問官の威圧的な声にも怯まず、その証拠の束を証言台の上にドンと置いた。
「こちらに……ニコさんの『設計図提出日』と、商会のその商品に押された『王都認証印』の……『日付に関する記録』が、あります」
ミラのその小さな声は、審問室にいる誰の野次よりもはっきりと、そして残酷に響き渡った。
王都の誇る絶対的な盾を、内側から粉々に打ち砕くための、致命的な『矛盾の刃』。
それが今、震える少女の手によって、白日の下に晒されようとしていた。




