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第46話 貴族院の審問室

高い丸天井と、冷ややかな大理石の床。

 私たちを見下ろすように作られたすり鉢状の傍聴席には、着飾った貴族たちや財務院の役人たちがひしめき合い、ひそひそと扇子の陰からこちらを値踏みしていた。


 王都の中枢、貴族院の審問室。

 私とレオン、そして記録係のミラは、部屋の中央に置かれた冷たい証言台の前に立たされていた。


「静粛に」


 財務院の息がかかっているであろう年配の審問官が、重々しく木槌を打ち鳴らし、手元の告発状を読み上げ始めた。


「フォルクハルト辺境伯領の領主『代行』であるアメリア嬢は、春市において、国が定めた絶対の品質保証である『王都認証印』を不当に軽視した。そして、エルヴェ商会の正当な商取引を、独断と偏見による越権行為によって停止させた」


 審問官の冷たい視線が、私からレオンへと移る。


「さらに辺境では、王都を追放された素性の怪しい者たちを集め、『再任用室』なる不透明な部署を設立。あろうことか、婚約者を裏切って信用を失い、社交界を追われた元侯爵令息を重用している。……これは王都の権威と制度に対する、明確な反抗に他ならない」


 傍聴席から、わざとらしい溜息や嘲笑が漏れ聞こえる。

 彼らは春市での騒動の真実を知ろうとしているのではない。最初から私たちを『王都に逆らう無知な田舎者と、落ちぶれた罪人の集まり』として断罪する気なのだ。


「……反抗ではありません」


 私は感情的にならず、静かに立ち上がった。

 そして、懐から大切に保管していた『父の委任状』と、重厚な『辺境伯家の印章』を取り出し、審問官に向けて高く掲げた。


「私は辺境伯の正式な代理として、領内の緊急事態において、領民の命と安全を守るための正当な権限を行使したまでです。欠陥があり、火事を引き起こした粗悪な品を退けるのは、領主としての当然の義務ですわ」


 私の堂々とした反論に、審問官は薄く鼻で笑った。


「正式な当主の決裁ならともかく。病床の父君を盾にした『代行令嬢』の言葉が、王都の厳格な制度の前でどこまで重みを持つとお考えかな?」

「なっ……」

「辺境での緊急時の采配としては目を瞑ろう。だが、国の機関が認めた『王都認証印』を、一介の代行の独断で覆す正当な理由にはならない」


 私は、奥歯をギリッと噛み締めた。

 領内の行政においては、私の代行権限は絶対だった。だが、王都の巨大な制度と権威を前にすると、その『代理』という立場は、彼らに付け入る隙を与える脆い盾でしかないのだ。


 私が不利な空気に包まれる中、隣に立っていたレオンが静かに一歩前に出た。

 彼は手元にある補給の記録や契約書の写しを整え、氷のように冷徹な声で口を開く。


「……辺境の判断は、決して令嬢の独断や感情によるものではありません。こちらの記録と数値を照合していただければ、エルヴェ商会の商品が明確な欠陥を抱えていたことは明白――」


「黙れ、クラウゼン家の恥晒しが!」


 レオンが事実を述べようとした瞬間、傍聴席から割れんばかりの野次が飛んだ。


「令嬢を泣かせ、逃げ出した冷血漢に、神聖な審問室で発言する権利などない!」

「どうせ、辺境の小娘に取り入って、己の罪を誤魔化そうとしているのだろう!」


 貴族たちの放つ悪意の言葉が、雨霰のように証言台に降り注ぐ。

 レオンは無表情を保っていたが、証言台の縁を握る彼の手は、血の気が引いて真っ白になっていた。


(……これが、王都のやり方)


 私は、傍聴席の奥深くに目を向けた。

 そこには、婚約破棄の断罪劇を演出し、レオンからすべてを奪い去った張本人……ユリウス・セイルが、優雅に足を組み、酷薄な笑みを浮かべて私たちを見下ろしていた。


 王都は、レオンが持っている証拠の真偽を検証する気など、最初からこれっぽっちもないのだ。

 彼を『婚約者を泣かせた無能な男』として吊るし上げ、過去の醜聞で殴りつけることで、彼の発言の場そのものを奪おうとしている。


「静粛に」


 審問官が再び木槌を打ち鳴らし、騒ぎを鎮めた。

 だが、その目はレオンに対する完全な侮蔑に満ちていた。


「過去に重大な背信行為を起こし、王都の社交界から完全に追放されたような男の持ち込む記録など……私怨で偽造された妄言ではないと、誰が保証できるのか?」


 冷酷な問いかけが、審問室に響き渡る。


「果たして……その男の言葉を信じるに値するのか?」


 紙に書かれた事実を突きつける前に、人そのものの『信用』を殺す。

 それこそが、レオンを社会的に抹殺し、辺境の不正を隠蔽しようとする王都の恐ろしい悪意の正体だった。


 誰もが彼を疑い、冷たい目で嘲笑う中。

 私はレオンの隣で、ただ一人、彼を信じるための『確かな反撃の札』を切る機会を、静かに窺っていた。

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