第43話 黒い封書を開く
王都財務院から届いた黒い封書の内容は、明白だった。
春市での判断。
レオンの関与。
再任用室の運用。
そして、私の『代行』としての権限。
王都は、そのすべてを裁きの席へ引きずり出すつもりだった。
全員が生還したという宿場の歓喜は、その不吉な召喚状によって、急速に冷え込んでいった。
私は薄暗い詰所のランプの下で、黒い封書を机の上に置いた。
「……見事なまでの難癖ですわね」
ヴェラが扇子を広げ、氷のような声で吐き捨てた。
「春市での見苦しい敗北を誤魔化すために、今度は王都の制度と権威を盾にして、辺境の判断そのものを違法だと叩き潰しに来ましたのね」
「ええ。彼らは本気です」
レオンが、机に置かれた黒い封筒を冷徹な視線で見下ろした。
「彼らは、我々が商会と財務院認証局の不自然な関係に近づいていることに気づき始めています。これ以上、辺境で証拠を固められる前に、我々を王都という彼らの場へ引きずり出そうとしている」
レオンは銀細工のペンで、召喚状の『代行』という文字を指し示した。
「アメリア様を正式な当主ではない『代行令嬢』として扱い、私を再び王都の社交界で『笑い者』の席に座らせる。そうすることで、我々の持つ証拠と証言を、権限のない小娘と無能な男の『妄言』として握り潰す腹積もりでしょう」
「……ええ、わかっているわ」
私は深く息を吸い込み、辺境伯家の印章を強く握りしめた。
「でも、ここで逃げれば、彼らは『辺境の令嬢が罪を恐れて引きこもった』と喧伝し、国命をもって再任用室を強制解体しに来る。……受けて立つしかないわ」
「アメリア様……」
「ミラ、ヴェラ。それにレオン」
私は、この辺境で過酷な冬と魔物の危機を共に乗り越えてきた、私の頼もしい相棒たちの顔を見渡した。
「王都に、私たちがここで積み上げてきた『成果』を見せつけてやるわ。持参する証拠の整理を」
「承知いたしました」
レオンの合図で、机の上に次々と『切り札』が並べられていく。
レオンが雪の中で命より重く守り抜いた、改ざん前の『青印の控え』。
レオンとミラが照合した、『赤い訂正印』のある王都台帳の写し。
ミラが小さな声で紡ぎ続けた、『北七号の照合表』、『議事録の写し』、そして認証日付の記録。
ヴェラが公開書類と現場記録から読み解いた『金流表』、『黒い商印』、商会の二重帳簿の痕跡。
ニコの無実を証明する『設計図』。
そして、ドミニクが残した確かな『構造鑑定書』。
それらは決して、ただの紙切れではない。
王都が「役立たず」として捨てた人材たちが、辺境で与えられたそれぞれの席で、自らの専門性を注ぎ込んで作り上げた『確かな成果の結晶』だった。
「王都への道中、あるいは王都に到着してから、彼らがならず者を使って証拠を力ずくで奪いに来る危険があります」
レオンが、並べられた書類をいくつかの束に分けながら提案した。
「これらは一箇所にまとめず、我々全員で分散して保持すべきです。万が一誰かが襲撃されても、決してすべては失われないように」
「わかったわ。各自、自分の命の次に大事に保管しなさい。……私は、これを守るわ」
私は、父から託された『委任状』と『辺境伯家の印章』を厳重に皮袋へ収め、懐にしまった。
証拠の分散と旅支度を終え、いよいよ明日、王都へ向けて出発するという夜。
私は詰所の外で、吹雪の去った澄んだ夜空を見上げているレオンの背中を見つけた。
「……眠れないの、レオン」
「アメリア様」
彼は私に気づくと、小さく一礼した。
その手の中では、私が贈った銀細工のペンが、無意識のうちに強く握りしめられていた。
「王都へ戻れば……」
私は少しだけ躊躇い、それでも、彼にとって一番残酷な事実を口にした。
「あなたはまた……社交界で、『婚約者を泣かせた無能な男』として、心ない視線と噂に晒されることになるわ」
あの冷酷な夜会の断罪劇。
彼から言葉と信用を奪い、家からも追放した、王都という巨大な悪意の坩堝。
そこへ、彼自身が再び足を踏み入れなければならないのだ。
「……覚悟の上です」
レオンは少しだけ目を伏せ、しかしすぐに、静かな、けれど確かな光を宿した瞳で私を見つめ返した。
「かつての私は、ただ沈黙し、すべてを諦めていました。……ですが、今の私には」
彼は銀細工のペンを懐にしまい、真っ直ぐに私の隣に立った。
「私が計算し、私が守るべき『席』が……ここにありますから」
王都が彼から奪ったのは、言葉を信じてもらう権利だった。
だが今、彼はもう一人ではない。
彼の言葉を証明する無数の記録と、彼を必要とする辺境の領主代行が、その隣にいる。
私たちは不器用な決意を胸に秘め、巨大な陰謀と嘘が渦巻く王都へ向けて、静かに旅立ちの朝を待った。




