第27話 席を与えるだけでは足りない
「これが、今日から施行する『再任用室』の新たな暫定運用規則よ」
翌日。
執務室に既存職人の代表であるバルトたちを再び招き、私は一枚の羊皮紙を提示した。
「一つ、王都からの再任用者には例外なく『試用期間』を設けること。二つ、彼らをなぜその席に配置したのか『配置理由の記録』を可視化し、職人組合にも共有すること。三つ、作業は必ず既存の領民職人との『混成班』で行い、技術を独占させないこと」
私が条項を読み上げると、バルトたちは驚いたように顔を見合わせた。
「そして四つ。今回の小火騒ぎを重く受け止め、フォルクハルト領内における独自の『安全基準』を暫定的に制定します。今後は、ニコの暖房具にあるような『安全弁』を持たない魔導具の販売を、王都の認証の有無に関わらず、領内では認めません」
私は領主代行として、彼らを見据えた。
ただ可哀想だからと席を与えるだけの「慈善施設」は、昨日で終わりだ。
成果と責任を明確にし、領民と再任用者が共に領地を豊かにするための「制度」として、この部屋を機能させる。
「ただし、これはあくまで暫定規則よ。二週間後に、職人組合と再任用室の双方で運用を点検します。実際に動かしてみて不都合があれば、必ず修正するわ」
私はバルトへ視線を向けた。
「バルト。あなたには、その安全基準審査の立会人になってほしいの。王都から来た者の技術だけで決めるのではなく、この領地を長く支えてきた職人の目でも、必ず確認する形にしたい」
「俺を、立会人に……?」
バルトが驚いたように目を見開く。
「ええ。ニコの技術は必要よ。でも、それを領地の中で安全に使えるものにするには、あなたたちの経験も必要なの」
私は、ニコとバルトたちを交互に見た。
「昨日も言った通り、私は領地のために必要な人材を雇うわ。あなたたち既存の職人も、王都から来た再任用者たちも、その価値は平等に成果で測らせてもらう。だからこそ、同じ規則の中に入ってもらう必要があるの」
バルトは少しの間黙り込み、そして深く、深く頭を下げた。
「……ありがてえ。アメリア様がそこまで腹を括ってくださるなら、俺たちも文句は言わねえ。王都の連中とも、うまくやってみせますよ」
バルトたちが納得して執務室を退室していくのを見送り、私はふうっと肩の力を抜いた。
「とりあえず、第一関門は突破ね……さて、午後の予定は」
私は自分の机の上にある予定表を手に取り、思わず目を丸くした。
今日予定されていた、緊急性の低い商人との面会や、領内の細々とした確認会議に、赤いインクで小さな注記が書き込まれていたのだ。
「ちょっと、レオン。これ、どういうこと?」
私が隣の机に向かっている補佐官を睨むと、彼は羽ペンを走らせる手を止めずに答えた。
「制度改革の立案と調整により、アメリア様の疲労は限界値に近いと判断しました。緊急性の低い面会については、先方に延期可能か照会済みです。アメリア様が必要と判断されるなら、すぐに予定へ戻します」
相変わらずの、感情の欠落した事務的な言い回し。
けれど、勝手に予定を消したのではない。
私が最終判断を下せるように、先に調整だけを済ませてくれていたのだ。
「……もう。次からは、先に一言相談しなさいよね」
「申し訳ありません。以後、修正します」
私はため息をつき、机の引き出しを開けた。
そして、彼が以前から使い続けていた、少し欠けた木軸のペンの代わりに、新しく取り寄せた上質な『銀細工のペン』を取り出し、彼の机の上にコトリと置いた。
「……これは?」
「経費よ。そんな欠けたペンじゃ、契約書の不備を突く前にインクが掠れるでしょう。これで少しは書類仕事の速度が上がるはずよ」
私は照れ隠しにツンとした態度で言い放った。
彼が私に『予定表の空白』という気遣いをくれたように。
私もただ受け取るだけでなく、彼が一番力を発揮できる『仕事の道具』という形で返したかったのだ。
レオンは銀細工のペンと私の顔を交互に見比べ、少しだけ戸惑ったように目を瞬かせた。
「……ありがたく、使わせていただきます」
小さく呟いた彼の耳が、ほんの少しだけ赤くなっていたような気がした。
「それと、もう一つよ」
私は表情を引き締め、辺境伯家の印章が押された一枚の羊皮紙を彼に手渡した。
「これは……『正式な交渉権限の委任書』、ですか」
「ええ。エルヴェ商会は、王都認証印を盾にしてくるわ。私が相手に出ても『代行令嬢の権限など弱い』と侮ってくるし、あなたが前に出れば『婚約破棄された権限のない男』だと嘲ってくるでしょうね」
私は、彼の冷徹な瞳を真っ直ぐに見つめ返した。
「だから、形にするのよ。この公開審理と、領内販売停止および補償交渉に関する限り、あなたの発言はフォルクハルト辺境伯家の正式な交渉発言として扱うわ」
私は委任書を、彼の前へ押し出した。
「私の代わりに、あの商会の逃げ道を契約で縛り上げてきなさい」
それは、ただの書類ではない。
王都で信用を奪われ、言葉を信じてもらう権利を失った彼に対する、私からの『絶対の信頼』の証明だった。
ただし、それは再任用室そのものを恒久制度化する権限ではない。
あくまで、今回の公開審理と販売停止、補償交渉に限った委任だ。
正式な制度として領全体に根づかせるには、まだ父の承認も、既存組合との継続的な調整も必要になる。
それでも今、この場を戦うには十分だった。
レオンは渡された委任書をじっと見つめ、その重みを受け取るように、深く、静かに頭を下げた。
「……承知しました。必ずや、ご期待に応えてみせます」
私とレオンの間で、契約と信頼の準備が整ったその時。
「アメリア様! レオン殿!」
執務室の扉が勢いよく開き、ヴェラが意気揚々と入ってきた。
彼女の目は、獲物を狩り詰めた肉食獣のように鋭く光っている。
「エルヴェ商会の『二重帳簿』の端を、ついに掴みましたわ。彼らの資金の流れ、どう見ても真っ黒です。……さあ、丸裸にして差し上げましょうか」
金流追跡の専門家が、決定的な武器を手に、不敵な笑みを浮かべていた。




