第26話 再任用室の最初の失敗
「事故の補償として、設計権を譲渡しろだと? ふざけるな、盗人猛々しいにも程がある。正式な審理の場を設けるまで、お前たちとの交渉には一切応じない!」
私がエルヴェ商会の代理人を怒鳴りつけるようにして追い返したのは、小火の鎮火から数時間が経過した深夜のことだった。
そして、仮設市場の混乱と避難者の対応に追われ、ほとんど眠れないまま迎えた翌朝。
疲労が抜けきらない執務室に、さらなる来訪者が現れた。
「アメリア様。お疲れのところ申し訳ねえが、少しだけお時間をいただきたい」
入ってきたのは、フォルクハルト辺境領の職人組合で顔役を務める、老鍛冶師のバルトたちだった。
長年、この厳しい北方の地で武具や生活用品を打ち出し、領民の生活を支え続けてきた、誇り高き職人たちだ。
「バルト。昨夜は組合の皆にも、火事の消火と避難誘導を手伝ってもらって助かったわ。……でも、その顔は慰労の言葉を求めて来たわけではなさそうね」
私が彼らの険しい表情を見て居住まいを正すと、バルトは重々しく口を開いた。
「アメリア様。俺たちは、王都から流れ着いた連中を憎んでいるわけじゃねえ。昨夜、ニコの坊主の魔導具が、凍えていた子どもたちを救ったことも知っている」
バルトはチラリと、部屋の隅で縮こまっているニコに視線をやった後、まっすぐに私を見据えた。
「だが、あの『再任用室』とやらは、一体何を基準に人を採っているんだ? 最近、あの部屋に入った王都の連中ばかりに大きな仕事が回り、ニコの暖房具ばかりが次々と領内認定に向けて優遇されている。俺たち既存の職人には、何の説明もねえままだ」
「それは……」
「俺たちは、何十年もこの辺境で領主様のために働いてきた。それが今じゃあ、王都の連中ばかりが特別扱いされているようにしか見えねえんだ。……このままじゃ、若い職人たちの不満が爆発しちまう」
バルトの言葉に、私は雷に打たれたような衝撃を受けた。
彼らは単なる僻みで文句を言いに来たわけではない。
悪意など微塵もない。
自分たちの長年の貢献がないがしろにされているという、領民としての真っ当で、正当な不満だった。
「俺の、せいだ……」
ニコが顔を蒼白にし、震える両手で顔を覆った。
「俺が辺境に転がり込んで、自分の魔導具を作ることばかりに夢中になっていたから……辺境の職人さんたちにまで、嫌な思いを……っ」
「違うわ、ニコ。あなたのせいじゃない」
私は立ち上がり、ギュッと拳を握りしめた。
悪いのは、間違いなく私だった。
成果を急ぎすぎたのだ。
王都で『役立たず』として捨てられ、傷ついた彼らに、必要な席を一刻も早く作ることばかり見ていた。
けれど、その席が、もともと辺境にいた職人たちの仕事や誇りとどう繋がるのか。
新しく来た者と、長く領地を支えてきた者を、どう同じ場で働かせるのか。
私はそこを見落としていた。
人を見る目はあっても、制度を回す視野が決定的に欠けていた。
必要な人を必要な場所へ置くことと、その場所を周囲に納得させて機能させることは、同じではない。
領主代行としての、私の完全な運用ミスだった。
「……バルト殿の仰る通りです」
重苦しい沈黙を破ったのは、私の隣に立つレオンだった。
彼は淡々とした、しかし決してバルトたちを見下さない真摯な声で言葉を継いだ。
「アメリア様の人材登用と配置の判断は迅速でしたが、再任用室には『組織としての運用規則』が欠落しています。採用基準が不透明であり、既存職人との技術の共有の仕組みも、評価の仕組みも存在しない。……そのような状態では、軋轢が生まれるのは必然です」
レオンは私を責めているのではない。
彼らしい論理的な視点で、私の作った制度の『穴』を客観的に指摘し、感情論でこじれそうになっているこの場を冷静に整理してくれているのだ。
「……ええ。レオンの言う通りね」
私は深く息を吐き、机の前に出て、バルトたち既存職人の前に立った。
そして、領主代行としてのちっぽけなプライドを捨て、一切の言い訳をせずに深く頭を下げた。
「バルト、そして職人の皆。私の配慮不足だったわ。あなたたちへの説明と連携を怠り、不信感を抱かせてしまったこと……本当に、申し訳なかった」
「ア、アメリア様! 頭を上げてください、俺たちはそこまで……!」
慌てて私を止めようとするバルトたちに対し、私は顔を上げ、はっきりとした声で告げた。
「再任用室は、ただの『優しい慈善施設』であってはならない。領地を豊かにするための、正式な『制度』でなければならないわ」
私はレオンとニコ、そしてバルトたちを交互に見渡した。
「王都出身者も、辺境の既存職人も、同じ基準で評価するわ。……今日この時から、再任用室の運用規則を全面的に改定します」




