第24話 似すぎた商品
「外見の意匠は、俺が提出した設計図とまったく同じです。でも……」
執務室の机の上。
ヴェラが持ち込んだ色鮮やかなチラシを前に、ニコの顔からみるみる血の気が引いていった。
「この絵には、俺が一番時間をかけて組み込んだ『安全弁』が描かれていません。それに、熱を逃がすための排気口の数も極端に減らされています」
ニコは自分の手元にある試作品の金属箱を撫でながら、震える声で続けた。
「俺の魔導具は、魔力が弱くても長時間ジンワリと温め続けるのが強みです。でも、もし高出力の魔石を入れて無理に急速加熱させれば……安全弁がなければ、内部に熱が籠もって魔力暴走を起こす。こんな構造のものを売れば、いつか絶対に事故が起きます!」
「費用の削減ね」
ヴェラが氷のように冷たい声で吐き捨てた。
「安全性を削って材料費を浮かせ、利益を最大化する。悪徳商人の常套手段ですわ」
「……春市に、そんな危険なものを並べさせるわけにはいかないわ」
私は立ち上がった。
領民の命に関わる問題だ。
いくら王都の大商会が相手でも、領主代行として黙って見過ごすことはできない。
私たちは即座に、春市の仮設市場へと向かった。
雪解けの泥をならした広場には、色とりどりの天幕が立ち並び、多くの人々で賑わっていた。
その中心で、一際大きく立派な屋台を構えていたのが、王都からやってきた『エルヴェ商会』だった。
「さあさあ、王都で大流行の新型暖房具だよ! これ一台で、厳しい辺境の夜もポカポカだ!」
商会の売り子たちが威勢よく声を上げ、屋台の前に積まれた金属製の魔導具を飛ぶように売り捌いている。
チラシに描かれていたのと同じ、安全弁の省かれた粗悪品だ。
「販売を中止しなさい」
私が屋台の前に進み出ると、恰幅の良いエルヴェ商会の代理人が、面倒そうに薄ら笑いを浮かべて振り返った。
「これはこれは、辺境伯のご令嬢。何か我が商会の商品に不備でも?」
「ええ。その魔導具は安全機構が意図的に省かれています。領民の安全を脅かす可能性がある以上、フォルクハルト領内での販売は許可できません」
私が毅然と告げると、代理人は大げさに肩をすくめた。
「おかしなことを仰る。我が商会の暖房具は、王都財務院の厳格な審査をクリアした正当な『王都認証済み』の国定商品ですぞ。それを、独自の安全規格などという辺境の田舎ルールで販売停止にしようとは……王都の決定に逆らうおつもりで?」
「王都認証印が押されていようと、危険なものは危険だと言っているのよ」
「危険? はははっ!」
代理人は鼻で笑い、私の背後にいたニコを指差した。
「そちらの王都の工房を追い出された三流職人の戯言を、真に受けておいでですか? だいたい、その男が抱えている魔導具こそ、我が商会の画期的な商品を模倣した粗悪な真似事でしょう。王都を追い出された腹いせに、辺境で海賊版を売り捌こうとするとは嘆かわしい」
「なっ……! 俺が、盗作だって……!?」
自分の技術と情熱を盗まれた上に、公衆の面前で泥棒扱いされたニコが、顔を真っ赤にして唇を噛み締めた。
彼がどれほど徹夜で図面を引き、子どもたちを温めるために工夫を凝らしたか、私は知っている。
「ふざけないで。彼の設計図の方が……!」
私が怒りに任せて言い返そうとした瞬間、横からすっと伸びてきたレオンの腕が、私を静かに制した。
「アメリア様。感情論で言い合っても、王都の権威を盾にする彼らには勝てません。一度、引きましょう」
レオンの目は、氷のように冷たく、そしてどこまでも理性的だった。
「……わかったわ」
私は怒りを飲み込み、悔しさに震えるニコの肩を抱いて、その場を後にした。
屋敷へ戻る道すがら、レオンはすでに頭の中で反撃の絵図を組み始めていた。
「王都認証印という絶対の盾がある以上、真っ向から『盗作だ』と主張しても水掛け論になります。契約と規格の穴、そして事実の矛盾を突くしかありません」
レオンは早口で指示を飛ばした。
「ミラ。あの屋台でいつ、誰に、何台の暖房具が売れたか、正確な販売記録の収集を始めてくれ。後で必ず役に立つ」
「は、はいっ!」
「ヴェラ殿。エルヴェ商会のあの商品の価格設定ですが……どう見ましたか」
「安すぎますわね。王都からの輸送費を考えれば、完全に赤字の価格設定です。……粗悪品で材料費を浮かせただけでは、あそこまで安くはできませんわ」
ヴェラが扇子で口元を隠し、鋭い目を光らせる。
「ええ。つまり、あの安さの裏には、どこか別の場所から『補填されている金』が存在するということです。……引き続き、彼らの帳簿の違和感を洗ってください」
感情ではなく、証拠で。
王都の巨大な商会を追い詰めるための、緻密な包囲網の構築が始まっていた。
だが、私たちが証拠集めに奔走しているその裏で。
エルヴェ商会の安価な粗悪暖房具は、春市に集まった商人たちの宿や、職人長屋へと、飛ぶような勢いで普及し始めていた。
安全弁を持たない、偽りの火種が。
領地のあちこちに、危険な火種としてばら撒かれようとしていることに、私たちはまだ気づいていなかった。




