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第13話 王都から来た調査団

泥靴の巡察使ロイス卿が、何も奪えずに辺境から逃げ帰って数日後。


 吹雪を乗り越え、ようやく落ち着きを取り戻しつつあったフォルクハルト辺境伯邸に、再び王都からの使者が訪れた。


「王都財務院より参りました、調査団副使のハーゼンと申します」


 応接室に通されたその男は、ロイス卿のように派手な毛皮のコートは着ていなかった。


 隙のない黒い礼服に身を包み、銀縁の眼鏡の奥から、感情の読めない冷たい目で私とレオンを見据えている。


「先日は、我が方のロイスがご迷惑をおかけしたようで。彼は少々血ののぼりやすい性格でしてな。本日は、財務院の正式な決定に基づき、辺境領の冬季防衛備蓄の『確認』に参りました」


 事務的で、しかし王都の権威を当然のものとして押し付けてくるような、ひどく冷ややかな口調。


 名目は備蓄の確認と言っているが、本当の狙いがロイス卿の失敗をカバーし、レオンの持つ『古い台帳の写し』を正式な手続きで回収することであるのは明白だった。


「領主代行のアメリアです。遠路はるばるご苦労様です、ハーゼン副使」


 私は内心の警戒を悟られないよう、表面上は穏やかに微笑んで席を勧めた。


 だが、私の視線はすぐに、ハーゼン副使の後ろに静かに控えている『一人の女性』へと引き寄せられた。


 上質な、しかし決して華美ではない薄水色のドレス。


 銀糸を混ぜたように淡い金髪。


 雪の精霊を思わせるような、ひどく繊細で、品のある立ち姿。


「……ごきげんよう、アメリア様」


 彼女が静かに淑女の礼をとった瞬間。


 私の斜め後ろに控えていたレオンの呼吸が、わずかに乱れたのがわかった。


「……エレナ、嬢」


 レオンの唇から、掠れた声が漏れる。


 その名を聞いて、私の心臓が、まるで冷たい石を飲んだかのようにドクンと重く鳴った。


 エレナ・ロシュフォール。


 レオン・クラウゼンの元婚約者。


 夜会で涙を流し、結果的に彼を社交界の笑い者へと突き落とした、噂の『悪女』。


 ロシュフォール公爵家は今回の調査に立会人を出す立場にあり、エレナはその役を自ら買って出たのだという。


 だが、目の前に立つ彼女から、傲慢さや人を陥れるような毒気は一切感じられなかった。


 むしろ、吹雪の去った後の静かな湖面のように、ただひたすらに静かで、悲しげな瞳をしていた。


「お久しぶりです、レオン様。……いえ、今はクラウゼン家を離れられたのでしたね」


 エレナの言葉に棘はない。


 しかし、レオンは普段の冷徹な仕事人の顔を完全に失い、視線を床に落としたまま、言葉を探すように口を開き、そして再び閉じた。


 あの、何十人もの命を左右する数字の前で、決して迷わなかった男が。


 ロイス卿の罵倒を前にしても、ピクリとも表情を変えなかった男が。


 今、一人の令嬢を前にして、明らかに立ちすくんでいた。


「……アメリア様」


 私の背後で、オルドが警戒に満ちた低い声を漏らし、私とエレナの間に割って入ろうと身を乗り出した。


 無理もない。


 調査団にわざわざ元婚約者を連れてきたのだ。


 レオンの精神を揺さぶるか、あるいは新たなスキャンダルの火種にしようという王都側の悪意ある采配だろう。


 だが、私はオルドの腕にそっと触れ、前に出るのを制した。


 胸の奥が、チリチリと痛む。


 レオンのあんな脆い顔を見るのは初めてだった。


 彼が私に見せていたのは、あくまで補佐官としての有能な顔だけ。


 彼の過去、彼が傷つけ、彼を傷つけた『婚約者』という存在の重さが、今の私にはどうしようもなく突き刺さる。


 嫉妬、なのだろうか。


 いや、違う。


 これは私が踏み込んではいけない、彼の過去への領域だ。


 私が彼を雇い、彼の席を用意したからといって、彼の過去の清算まで奪い取っていいわけがない。


「長旅でお疲れでしょう。本日のところは、客室でゆっくりとお休みください」


 私は領主代行としての務めを果たすべく、淡々と告げた。


「明朝、改めて台帳の『閲覧』と備蓄の確認に応じます。もちろん、規定の範囲内で、ですが」


「……ええ。お気遣い感謝します」


 ハーゼン副使が眼鏡を押し上げ、応接室を後にしようと背を向けた。


 その時だった。


「アメリア様」


 エレナが、静かに一歩前へ出た。


「明日の調査の前に。……もしよろしければ、少しお時間をいただけないでしょうか」


 彼女のまっすぐな瞳が、私と、そして俯くレオンを捉える。


「レオン様と、二人きりではありません。領主代行であるアメリア様にも、ぜひ同席していただきたいのです。……彼に、お話ししなければならないことがあります」


 それは、悪女の罠でも、恋敵の牽制でもない。


 ただ、過去の傷と向き合おうとする、一人の女性の切実な願いだった。

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