第8話 千堂家へ。夏が始まる
春の夕方。
玲は住宅街を歩いていた。
隣には千春。
「ウチに来るの、久しぶりだね」
千春が言う。
玲は苦笑した。
「そうだな」
やがて視界の先に現れたのは、巨大な門だった。
鉄製の門。
その奥には広い庭。
そして洋館のような大きな家。
――千堂家。
この街でも有名な資産家だ。
玲は門を見上げる。
「相変わらずでけぇな」
千春が笑った。
「玲くん、昔よく来てたでしょ」
「ああ。昔の話な」
門がゆっくりと開く。
二人は中へ入った。
庭はまるで小さな公園のようだった。
芝生。
噴水。
整えられた植木。
玲は思わず声を上げる。
「うおー、金持ちってやっぱすげぇ!」
「でしょ」
そのとき。
玄関の扉が勢いよく開いた。
「千春姉、おかえりー!」
元気な声。
走って出てきたのは、ポニーテールの少女だった。
青い髪。
スポーツ体型。
健康的な雰囲気。
玲は思わず言う。
「……あ」
「千夏?」
少女が固まる。
「玲!?」
千堂千夏。
千堂家の次女。
玲と同じ大学の四年生。
スポーツ学科。
陸上部のエースだ。
千夏が驚いた顔で近づいてくる。
「久しぶりじゃん!」
玲が笑う。
「そうだな」
千夏は玲の肩を軽く叩いた。
「背、伸びた?」
「お前もな」
千夏が笑う。
「大学どう?」
「普通」
そのとき。
奥から声がした。
「なんか騒がしい」
落ち着いた声。
階段の上に、一人の少女が立っていた。
オレンジの髪のミディアムヘア。
手にはヴァイオリンケース。
千堂千秋。
三女。
同じ大学の三年生。
音楽学科。
「あ……玲くん?」
玲は軽く手を振った。
「おう、久しぶり」
千秋がゆっくり階段を降りてくる。
「久しぶりだね」
柔らかく微笑む。
「まあ、こんなに大きくなって」
千夏が笑った。
「なにそれ、親戚のおばさんみたい」
千秋が少し頬を膨らませる。
そのとき。
奥からもう一人現れた。
「全員いますね」
千冬だった。
玲が苦笑する。
「お前もいたのか」
千冬はいつもの無表情で言う。
「ここは私の家ですから」
千夏が玲を見る。
「で?なんで来たの?」
千春が答える。
「私が連れてきた」
千夏がニヤリとする。
「へぇ、彼氏?」
玲がむせる。
「違う」
千夏が面白そうに言う。
「でもさ」
千春を見る。
「顔、赤いよ?」
千春が軽く千夏の頭を叩いた。
「うるさい」
千秋が静かに言う。
「でも嬉しい」
玲がそちらを見る。
千秋が微笑む。
「また来てくれて」
玲は少し照れた。
「まあ、近所だし」
そのとき。
千夏がふと思い出したように言う。
「そういえば玲、覚えてる?」
「何を?」
千夏は首を傾げる。
「昔さ、よく一緒に遊んだよね」
玲は頷く。
「覚えてる」
千夏が少し考え込む。
「でもさ……」
「なんか忘れてる気がするんだよね」
玲の胸が強く鳴った。
「……え」
千秋も静かに言う。
「うん。わたしも」
千春は黙り込む。
千冬だけが冷静だった。
千夏が首を傾げる。
「何だっけ?」
そして笑う。
「まぁいいや」
このとき玲は思った。
きっと千咲のこと、だよな……
そのとき。
千冬が静かに言った。
「観測データが動きました」
玲が振り向く。
千冬がタブレットを見せる。
画面には表示されていた。
NEXT SEASON LAYER
SUMMER
千夏が笑う。
「なにそれ」
千冬が言う。
「夏です」
そして千夏を見る。
「あなたの季節が」
千夏が首を傾げる。
「え、私?」
――チリン。
遠くで鈴が鳴った。
玲の胸がざわつく。
夏が動き出した。




