第54話 主体ループ
「なあ、千冬、その装置って観測じゃなくて干渉もできるんだよな?」
「はい。ループ能力は時間因果の中心に帰属します。つまりあなたは主体ループも可能です」
玲は装置を見る。
千冬は黙る。
長い数秒。
研究室の空気が張り詰める。
「主体ループはできます……ただし」
「……?」
「前回のは観測でした。あなたはその時間に存在しない。だから身体のコントロールもできないし、痛みも無い。死んでも戻る。でも主体ループは違います。あなた自身が、その時間に存在する」
「つまり?」
千冬は言う。
「その時間で死ねば――本当に死にます」
沈黙。
「……え?」
千秋の声が震える。
「ちょっと待って、それって……」
言葉が詰まる。
千夏が一歩前に出る。
「なんだよ、それ」
低い声。
「千咲は……327回も死んで、やり直して、それでやっと玲を助けたんでしょ?」
玲を見る。
「なのに今度は玲が死ぬかもしれないって……そんなの、意味ないじゃん……!!というか嫌!!」
悔しさを押し殺した声だった。
千秋が小さく言う。
「でも……」
俯いたまま。
「千咲ちゃん、最後……」
顔を上げる。
「玲くんに、生きてほしかったんだよね」
震える声。
「自分が死んでも……助けたかったんだよね……」
その言葉に、空気が変わる。
千春が静かに口を開く。
「……そうね」
一歩前に出る。
「千咲は“誰かに任せるために”死んだんじゃない」
玲を見る。
「きっと託したのよ。玲くんに」
一拍。
「未来を」
千冬は目を閉じる。
そして、静かに言う。
「……非合理です」
だがその声は揺れていた。
「自己犠牲による未来改変。理論的には成立しません」
視線を逸らす。
「ですが――」
ほんのわずか、息が乱れる。
「その結果が、今ここにある」
沈黙。
千冬が言う。
「私は反対です」
玲が見る。
「玲、あなたはとても重要な観測対象です」
視線を逸らす。
「それに――」
止まる。
ほんの一瞬。
「……私も嫌です」
その言葉に、千秋が息を呑む。
千夏が目を見開く。
千春は何も言わない。
千冬はすぐに言い直す。
「……効率が悪いので」
玲は少し笑う。
「お前、今言い直しただろ」
「気のせいです」
即答だった。
「とにかく。私は推奨しません」
玲は装置を見る。
「でも行くよ、俺」
拳を握る。
「327回だ」
静かに言う。
「千咲がやった回数だ」
そして。
「――あいつだけにやらせるわけにはいかない」
玲は静かに言う。
「きっと千咲は、助けてほしかったんじゃない。俺に“助けてほしい未来を残した”んだ」
「……バカ」
千夏が呟く。
でもその声は優しかった。
「絶対死ぬなよ」
一歩近づく。
「私たちは行けないけどさ」
一拍。
「同じ気持ちくらいは背負うから」
千秋が玲の袖を掴む。
「玲くん……」
「千咲ちゃんのこと……お願い」
涙をこらえながら言う。
「ちゃんと……助けてあげて」
千春は静かに言う。
「ちゃんと帰ってくること。それが条件よ」
そして微笑む。
「みんなが待っている。あなたは一人じゃないんだから」
沈黙。
千冬はゆっくり装置へ向かう。
キーボードを叩く。
指が震える。
TARGET DATE
MARCH 9
MODE
ACTIVE LOOP
そして。
「玲……必ず戻ってきてください」
一瞬だけ、言葉が詰まる。
「観測の継続が必要ですので」
玲はすこし笑った。
装置に入る。
目を閉じる。
「準備はいいですか?」
「ああ、もう覚悟は決まっている」
「今度は――」
一瞬、間を置く。
「千咲も、誰も、死なせない」
光が弾ける。
世界が歪む。
その瞬間。
千秋は祈るように目を閉じた。
千夏は拳を握り締めた。
千春は静かに見送った。
そして――
千冬の手が、止まる。
その手は誰にも見えないところで、強く、握られていた。
玲は。
もう一度。
3月9日に向かった。




