第51話 白の空間④──それでも人間でいい
玲の手が震える。
「……ふざけるな……」
かすれた声。
「そんなもん……選べるわけ――」
「選べるんだよ」
即答。
「君はもう、その資格を持っている」
沈黙。
白い空間が、わずかに軋む。
玲は俯いたまま、歯を食いしばる。
肩が震えている。
「……永遠なんて……いらねえよ……」
低く、絞り出す。
干渉者は黙っている。
玲が顔を上げる。
目は赤い。
「そんなもんのために……」
声が震える。
「千咲に会えなくなるとか……」
拳を握る。
「ふざけんなよ……」
一歩、踏み出す。
「俺は――」
息を吸う。
「人間でいい」
静かに。
はっきりと。
「千咲と……あいつらと……」
喉が詰まる。
それでも続ける。
「笑って過ごせるなら、それでいい」
沈黙。
干渉者は、ほんのわずかに目を細める。
「……あはは。そう言うと思っていたよ」
静かな声。
どこか、満足そうに。
「だから君は面白い」
玲は睨みつける。
「……じゃあ答えは決まってるだろ」
干渉者は、少しだけ首を傾ける。
「残念だがそれで終わりじゃない」
玲の背筋が凍る。
「君の“消す力”はいずれ覚醒する。そのときはたとえ君がループの力を持っていようと」
視線が突き刺さる。
「今度こそ、僕は君を消す」
沈黙。
「その日は必ず来る。遠くない未来に。僕は君を殺す」
玲の呼吸が止まる。
「……なんだよ、それ……」
「だからこうして提案しているんだよ。君が生き残りたいなら、そもそも選択肢なんてないんだ」
一歩、近づく。
「君がこちら側にくれば、千堂千咲も、他の姉妹も君の力で助かる。それでいいじゃないか」
「君は、外側からそれを見守ればいい」
玲の中で、何かが切れる。
「……いやだ」
低い声。
「そんなもん……認めるかよ……」
顔を上げる。
目は決まっている。
「だったら――」
一歩、踏み出す。
「こんな力、いらない」
干渉者の目がわずかに細まる。
「……ほう」
玲は叫ぶ。
「いらないんだよ!持っていけ!!」
空間が揺れる。
「できるんだろ!?お前も欲しいはずだ!」
沈黙。
そして。
「ふふ……あはは……!ははははは……!」
静かに、しかし止まらない笑い。
「やっぱり君は期待を裏切らない。万能に近い可能性を持ちながら、それを自分で閉じるなんて。なんて贅沢で、なんて愚かで――」
少しだけ声が落ちる。
「なんて愛しい選択なんだ」
「やっぱり君は面白い」
一歩、近づく。
「正直に言おう」
わずかに楽しそうに。
「その能力には、僕も興味がある」
玲の呼吸が荒くなる。
「だったら――!」
「だが僕自身は、その力を使えない。構造が違うからね」
そして。
「……しかし。いいだろう」
声は穏やかだった。
「その願い、受け取ろう」
白い空間が、静かに軋む。
玲の胸に、違和感。
次の瞬間――
「……っ……!」
何かが引き抜かれる。
見えないはずの“何か”。
だが確かに、そこにあったもの。
それが、ゆっくりと剥がれていく。
痛みはない。
だが。
存在の一部を失うような感覚。
膝が崩れる。
呼吸が乱れる。
干渉者は、興味深そうにそれを見つめていた。
掌の上。
淡く揺れる“歪み”。
因果の欠片。
「へえ……」
小さく、感嘆の声。
「これが君の“消去”か」
くすりと笑う。
「実に美しいね」
玲は息を荒げながら睨みつける。
「焦らないでくれ。消したわけじゃない」
指先でそれを転がす。
観察するように。
愛でるように。
「ただ、預かっただけだ。今はね」
視線が玲に戻る。
「君が望めば…あるいは、君が理解したとき」
わずかに微笑む。
「いつでも返してあげるよ」
玲の瞳が揺れる。
干渉者は続ける。
「もっとも、その頃には、君の価値観も変わっているかもしれないけどね」
くす、と小さく笑う。
「人間でいることに、君がどこまで意味を見出せるのかとても興味がある」
一歩、距離を取る。
空間が崩れ始める。
白にヒビが入る。
それでも視線は逸らさない。
「だから――」
ほんの少しだけ、優しく。
「待っているよ」
静かに。
「君が、こちら側に来る日を」
崩壊が進む。
輪郭が歪む。
最後に。
名残惜しそうに。
「そのとき、君がどんな答えを出すのか。最後まで、観測させてくれ」
「さあこれで君は“結果を消す存在”ではなくなった」
空間の崩壊が加速する。
白が割れる。
もう時間がない。
玲は顔を上げる。
必死に。
「……待て……!」
声を張り上げる。
「最後に……教えてくれ……!」
「千咲を救うには……どうしたらいい……!?」
ノイズが走る。
空間が崩れる。
干渉者の姿が歪む。
声が途切れる。
ノイズ。
断片。
「君は――」
聞き取れない。
「その選択を――」
視界が白に飲まれる。
最後に。
かすかに。
声だけが残る。
「……もうしているよ」
世界が砕けた。




