第50話 白の空間③──選択と契約
「……そして二つ目」
空気がさらに重くなる。
玲は、もう何も言えない。
ただ震えている。
「こちらの方が致命的だ」
玲が顔を上げる。
「千堂千咲は死の直前――君に“ループ能力”を渡してしまった」
「……っ」
「本来あり得ない現象だ。血縁でもない個体への能力の継承。通常、継承者が死亡した場合、能力は他の血縁に渡る。千堂千早から千堂千咲へ。そのあとは他の姉妹の予定だった。だが君に渡った。原因は明白だろう。千堂千咲の強い感情だ」
玲の胸が痛む。
「……だから俺は……時間を繰り返す側になったんだな」
淡々と断定する。
「そして問題はここからだ」
一歩、近づく。
「結果を消す個体が、時間を巻き戻す力を持った。未覚醒のまま。制御不能な状態で」
玲の視線が揺れる。
「……未覚醒……?」
「そう」
「今の君のループ能力も消す力もまだ“完全に起動していない”」
「だがそれでも、この影響力だ」
「2つの力が完全に覚醒した場合」
わずかに声が落ちる。
「君は“やり直す存在”ではなくなる」
玲の呼吸が止まる。
「未来を見て過去にループをし、気に入らない結果を消す。それだけじゃない過程、因果、可能性、人間や生物。都合よくコントロールし最初から存在しなかった形にする。先ほど言った宇宙自体を消すことも可能かもしれない」
空間が軋む。
「試行も、選択も、後悔も必要ない」
「ただ一つの君だけの最適解だけを世界に残す」
玲の背筋に冷たいものが走る。
「……そんなこと……」
「できる」
即答。
「だから君はとても危険なんだ」
一歩、さらに近づく。
「因果が消えすぎる。分岐が消える。世界は“選択できない構造”になる。それはもう“世界”じゃない。ただの固定された結果のためだけに他の運命を変える混沌だ」
玲の心臓が強く鳴る。
「……だから……俺を……」
「そう。覚醒する前に消さなければならなかった」
「――本来なら、ね」
玲の瞳が見開かれる。
「……本来なら?」
干渉者はわずかに笑う。
「とはいえループ能力は希少なんだ。時間因果の中枢に関わる“中核因子”。簡単に代替が利くものじゃない。そして同時に君のような消す力に対抗できる力でもある」
一歩、近づく。
「本来の継承者は千堂千咲だった。だが彼女は消えた」
「そして今、その能力は君にある」
玲の呼吸が止まる。
「意味か分かるかい?君を消すということ。それはつまり世界は“時間をやり直す機構”そのものを失う可能性があるということ」
沈黙。
「それは困る」
あっさりと言う。
「世界の干渉側、修正機構にとってもね。実際君たちの事例みたいな継承も観測されたし」
玲の目が揺れる。
「……じゃあ……」
「そう」
「君は“消すべき異常”であると同時に“残すべき中核”になった」
わずかに、口元が歪む。
「だから僕は、君を消さなかった」
玲の声が震える。
「……何だよ、それ……」
「合理だよ」
即答。
「排除か、利用か。その天秤が傾いただけだ」
一歩、さらに近づく。
「そしてもう一つ理由がある」
玲が顔を上げる。
「……まだあるのか」
干渉者は、とてもに楽しそうに言う。
「君はもうこちら側に足を踏み入れているんだよ」
空間が歪む。
「因果に干渉し、時間を跨ぎ、結果を消し、書き換える」
静かに告げる。
「それはね。もう人間の領域じゃない」
玲の拳が震える。
「……ふざけるな……」
「事実だ」
淡々と。
「君はもうすでに人間ではないんだよ」
沈黙。
そして。
「僕はこうしてこの一年、君を観測してきた。非常に興味が湧いたよ。とくに人間の感情。それによって君はいくつもの運命を変えてきた。そればかりかここでこうして僕と話をしている。君たちの言葉で言うところの愛着ってやつかな。だからこれは提案だ。ここからの話は冗談でもなく本気で伝えよう。」
空気が変わる。
ほんのわずかに、甘くなる。
玲の背筋が凍る。
「君はこちら側に来るべきだ。観測し、選別し、修正する側。僕たちの側に」
玲の呼吸が乱れる。
「おまえは……一体何を言っているんだ?……」
「僕たちと契約しよう」
あまりにも軽く言う。
「そうすれば君に“固定”を与えよう」
玲の目が揺れる。
「……固定?」
「不死だよ」
即答。
「人間世界の時間の外に立つ。消えない。壊れない。因果の影響も受けない」
「そしてループ能力もいずれ覚醒するだろう。今までの固定のループじゃなくて任意の時間にも好きなように移動できる。過去でも未来でも。好きなだけ干渉してやり直せる」
玲の思考が一瞬止まる。
「……なんだよ、それ……」
「君が望んでいた力だろう?」
わずかに笑う。
「大切な人を失わないための力だよ」
沈黙。
そして――
「ただし」
声が、少しだけ冷たくなる。
「代償はある」
玲の心臓が嫌な音を立てる。
「……なんだ……」
干渉者は、ほんの少しだけ間を置く。
「君は二度と千堂千咲と会えない」
時間が止まる。
玲の呼吸が止まる。
「存在の位相がズレてしまうのでね。彼女は“人間側”。君は“外側”。交わることはない。例えば君は干渉で彼女の幸せを作ってそれを眺めることしかできない」
沈黙。
「どれだけ時間を遡っても。どれだけ未来へ行っても」
「ループの能力のない彼女の世界線に、君は存在しない」
玲の手が震える。
「……ふざけるな……」
かすれた声。
「そんなもん……選べるわけ――」
「選べるんだよ。できる力がもう君には備わっている」
即答。
「君はもう、その資格を持っている」




