第49話 白の空間②──俺が千咲を消した
「千堂千咲は、二つの過ちを犯した」
静かだった。
逃げ場が塞がれたような頭に響く声。
「……過ち?」
「一つ目」
指が立つ。
「君を生かすために、自分の死を受け入れたこと」
玲の呼吸が止まる。
「……それの、何が――」
「選択自体は珍しくない」
玲の話を切る。
「問題は、そのあとだ」
一歩。
距離が詰まる。
「君が――それを許さなかった」
止まる。
「……は?」
「あはは、やっぱり気づいていなかったのか」
ほんの少しだけ、楽しそうに。
「君はね。起きた出来事を“消す”」
空間が歪む。
玲の思考が止まる。
「消す?俺の能力はループじゃないのか?」
「あれは千堂千咲のものだ」
即答。
「結果だけじゃないよ」
一歩。
「過程も」
さらに一歩。
「痕跡も」
「因果ごと」
言い切る。
「最初から“なかった形”にする。その能力が飛躍、暴走したら宇宙は一体どうなるんだろうね。個人的にはそれはそれで見てみたいんだけど」
観測者は快楽に浸るような表情で語る。
玲の喉が鳴る。
「……俺がそんな力を……?」
「ああ。しかも制御できていない」
「条件も、範囲も、代償も理解していない」
「だから厄介なんだ」
「そんな能力を持っている人間がごくたまに生まれてくる」
「だから可能な限り胎児や生まれて間もない状態で絶命させる」
「しかし君は不思議だった。何かの因果で今まで発見できずにいた。あるいは中途覚醒か。どちらにしても僕たちは君を殺さねばならなかった」
玲の瞳が揺れる。
「……だから……俺を……あんなに執拗に何度も殺したのか?」
「すまないね。君は最優先の排除対象だったんだ。でもイレギュラーが発生した。千堂千咲の姉が君の死を阻止してしまった。既定を書き換えてしまったんだ。僕は震えたよ」
そう語る観測者の瞳は新しいおもちゃを与えられた子供ような輝きを宿していた。
あきらかな異常者だ。
話しているとこっちの頭までおかしくなりそうだ。
だが躊躇っている場合ではない。
俺は知らなければならない。真実を。
「その…少し話は逸れるかもしれないが、最初に俺の死を変えた千咲の姉は誰なんだ?千咲のループを見てきたのに俺には姿が見えなかったんだが」
「ああ、それね。なんでだろうね」
観測者は不気味な笑顔を浮かべている。
「あはは。教えてあげないよ。君が一度消してしまった出来事だから完全に見ることができなかったのか、僕が意図的に細工して見せなかったのか、それとも千堂千咲が見せたくなかったのか。いずれにしても千堂千春、千夏、千秋、千冬の誰かであることだけは伝えておくよ」
こいつ。完全に遊んでやがる。
怒りで真っ白になる頭をゆっくりと正常に戻していく。
「わかった。つまり俺の死が千咲の姉によってすり変わった。だからお前は千咲のループ能力を強制的に覚醒させて俺を死なせるように仕向けたんだな?」
「まあ、そんなところだね」
「でもまた予想外のことが起こった。今度は千堂千咲が能力を発動させて君を何度も救おうとした。僕たちは何回も君を殺したのに」
ループの記憶がフラッシュバックする。
玲の呼吸が乱れる。
「……チッ」
「でも結果こうして君は生き残った。これがどういう意味か分かるかい?」
は?こいつ何言ってるんだ?
「いや、千咲が自分を犠牲にして俺を庇ったからじゃないのか?」
「そんなことで君の既定の死が消えるとでも?僕たちは何度でも干渉できるのに?」
血の気が引く。まるですべての血がブラックホールに吸い込まれたように。
「じゃあなんで俺は生きている?そんな顔をしているね。大丈夫さ。それは後で教えてあげるから。先に千堂千咲が消えた理由についてだ。力の条件も範囲も制御のできない力の持った人間が、目の前で大切な人を失ったんだ。どういうことか分かるよね?」
頭にノイズが走る。
理解が追いつかない。
いや違う。
想像したくない。
認めたくない。
「……そうだよ。君はやり過ぎたんだ。そう。使ったんだ」
「本来は一つでいい」
「結果を一つ、消せばいい」
「つまり千堂千咲の死を消せば良かったんだ。そうすれば千堂千咲は死ななかった」
「だが君は違った」
チリン。
鈴の音。
雨。
交差点。
光。
消える。
「……っ」
「覚えているだろう?あの事故のループの果てで、千堂千咲は死んだ。だが君はそれを“なかったことにした”」
玲の手が震える。
「……俺が?……」
「強く願ったんだろう?」
淡々と。
「千堂千咲を死なせたくない、と。この出来事を消したいと」
空間にヒビが走る。
「でも力を制御できない君はオーバーフローを発生させた。そして空白が生まれたんだ」
玲の瞳が見開かれる。
「……空白……?」
「因果が欠けた」
「本来あるはずの結果が消えた」
「世界はそれを空白のまま放置できない」
「だから埋める」
「帳尻合わせだ」
「……埋める……って……」
「別の形で補正される」
静かに。
「その結果――」
ほんのわずかに、声が落ちる。
「千堂千咲の過去現在未来、関わった人間の記憶、彼女がもたらした因果。まるごと消えたんだよ」
止まる。
完全な停止。
「……は……?」
「存在ごと、再配置された」
「最初から“いなかった形”に」
玲の視界が揺れる。
言葉が出ない。
声がかすれる。
「……ふざけるなよ……」
足がもつれる。
「……じゃあ……俺は……」
言葉が出ない。
「……俺は、一体何をしたんだ……?」
呼吸が壊れる。
「今まで千咲を助けるつもりでいて……」
「全部……俺が壊していたのかよ……」
視界が歪む。
「俺が……」
震える。
「千咲を……」
声が裂ける。
「消したのかよ……!!」
空間が軋む。
「違う……!」
頭を抱える。
「ありえない……!」
「そんなわけ……あるかよ……!」
拳を叩きつける。
音はない。
だが、世界が揺れる。
「なんでだよ……!」
「なんであいつが消えるんだよ!!」
息が荒れる。
「なんで……俺じゃないんだよ……!」
沈黙。
「……俺が死ねばよかっただろ……」
かすれた声。
「最初から……そうだったんだろ……」
震える。
「……返せよ……」
絞り出す。
「千咲を……返せよ……!!」
干渉者は見ているだけだった。
「まだある」
玲が顔を上げる。
涙で滲む視界。
「……もうやめてくれ……」
「代償は一度じゃ終わらなかった」
一歩。
「帳尻は合っていない」
「だから補正は続いた」
玲の瞳が揺れる。
「……何を言ってる……」
「君の周囲で“死”が増えただろう?」
干渉者は不敵な笑みを浮かべる。
フラッシュバック。
笑顔。
声。
そして姉妹たちの死。
「……やめろ……やめてくれ」
玲は悟った。
「調整だ」
即答。
「消えた因果の代替」
「君一人を成立させるために」
「複数の未来が削られた」
玲の膝が崩れる。
「……嘘だ……」
力が抜ける。
「……やめろ……」
「……やめろよ……」
「俺のせいじゃない……」
「違う……違う……違う……!!」
顔を覆う。
「俺は……」
声が壊れる。
「ただ守りたかっただけだ……!」
沈黙。
そして。
干渉者が言う。
「違う。君が元凶だ」




