第47話 千咲の最後の選択
この同じ景色を何度見たか自分でも分からない。
「玲」
声。
全て同じ。
しかし玲はすぐに分かった。
千咲の瞳。
そこにあったはずの輝きはもうなくなっていた。
まるで長い戦いを終えた人の目。
そして何かを決意した、そんな目だ。
千咲は玲を見ている。
少しだけ。
長く。
見ている。
まるで。
目の前の光景を忘れないように。
焼き付けるように。
そして小さく言った。
「玲」
「ん?」
玲はいつも通り笑う。
何も知らない顔で。
千咲は言う。
「今日は、私の言う通りにして」
玲は肩をすくめる。
千咲は答えない。
三人で歩き始める。
玲。
千咲。
そして。
姿の見えない姉。
交差点が近づく。
雨が降り始める。
ぽつ。
ぽつ。
千咲は空を見ない。
何も言わない。
もう知っているから。
遠くでトラックの音。
エンジン音。
玲の胸がざわつく。
しかし。
千咲は落ち着いていた。
信号が青になる。
三人は横断歩道へ向かう。
その瞬間。
トラックが滑る。
ブレーキ音。
雨の道路。
制御不能。
一直線に。
玲へ。
玲が振り向く。
千咲は動く。
もう迷いはなかった。
玲を強く突き飛ばす。
「千咲!?」
玲の体が歩道へ倒れる。
次の瞬間。
轟音。
衝撃。
トラックが千咲をはねた。
時間が止まる。
雨。
静寂。
玲の呼吸が止まる。
「……千咲?」
玲は立ち上がる。
走る。
玲の手は千咲に触れる。
しかし感触がない。
これは観測の世界。
玲はただ見ることしかできない。
千咲は道路に倒れている。
雨が静かに降っている。
千咲の瞳。
空を見ている。
その瞳に。
ほんの少しだけ。
光が戻る。
昔の千咲の光。
千咲は小さく笑った。
「……これで」
声が震える。
「やっと」
息が浅い。
「玲が」
雨が頬を濡らす。
「助かる」
千咲の手。
ペンダントを握る。
千咲は、玲を見た。
そして――
「玲……今までありがとう。愛してる」
その声は、静かだった。
「ここからは玲の番……」
握られたペンダントから光が放たれる。
玲の口から言葉が漏れる。
「千咲……嘘だろ……違う」
そして。
「こんなことがあっていいわけがない……」
呼吸が乱れる。
「おい……ふざけるなよ」
玲の瞳から色が消える。
「……なかったことにしろよ……」
チリン。
遠くから鈴の音が聞こえた。
そして。
千咲は死んだ。
雨だけが静かに降り続けていた。
玲はその光景をただ見ていた。
これが千咲が何百回も繰り返した戦いの終わりだった。




