第46話 守られていたのは、私だった
「玲」
声。
振り向く。
千咲だった。
ピンクのワンピース。
同じ髪。
同じ姿。
もう何回目のループなのか玲にも分からなかった。
きっと何百回も繰り返している。
玲はすぐに分かった。
千咲の瞳。
そこにあったはずの光はもう完全に消えていた。
まるで悪い夢から醒めない人間の目。
玲は思う。
……千咲
千咲は玲を見る。
しばらく黙って。
ただ見ている。
まるで目の前の人間が本当に存在しているか確かめるように。
そして。
小さく言う。
「玲、今日は私の後ろを歩いて」
玲は苦笑する。
「なんだよそれ」
千咲は答えない。
三人で歩き始める。
玲。
千咲。
そして。
姿の見えない姉。
千咲の歩き方は。
明らかに普通ではなかった。
もう周囲も見ていない。
車。
道路。
建物。
信号。
電柱。
全部覚えている。
全部知っている。
百回以上。
同じ朝を歩いてきたから。
交差点が見える。
千咲は時計を見る。
「……あと7秒」
玲は首をかしげる。
「何が?」
千咲は答えない。
3。2。1。
遠くで。
エンジン音。
トラック。
千咲は言う。
「止まる」
三人は横断歩道の前で止まる。
信号は青。
しかし渡らない。
トラックが。
猛スピードで交差点を通り過ぎる。
玲は息を止める。
事故の時間。
千咲は小さく呟く。
「一つ目」
玲は思う。
千咲は。
完全に。
未来を覚えている。
三人は歩く。
別の道。
雨が降り始める。
ぽつ。ぽつ。
千咲は空を見ない。
もう何回も見てきたから。
しかし今回の千咲は様子がおかしい。
どこか虚ろだった。
千咲はループに疲れ果てていたのかボーっとしていた。
そのとき毎回の自転車。
雨で滑る。
玲に向かってくる。
そこへ千咲がふらついて前に出た。
とっさに玲が動いた。
「千咲!」
玲が千咲を突き飛ばす。
千咲の体が歩道へ転がる。
次の瞬間。
衝撃。
玲の体が自転車に轢かれ弾き飛ばされる。
激しくアスファルトに叩きつけられる。
雨。
静寂。
千咲の呼吸が止まる。
「……玲……」
千咲は立ち上がる。
ゆっくり歩く。
玲のそばへ。
しゃがむ。
玲は動かない。
血が雨に流れている。
千咲はただそれを見ている。
しばらく何も言わない。
そして小さく呟いた。
「……なんで?」
その声はもう壊れていた。
「なんで……?」
千咲の肩が震える。
ネックレスを握る。
雨に交じり静かに涙が落ちる。
しかし叫ばない。
泣き崩れない。
ただ壊れた声で言う。
「なんで…?なんで玲が…私を助けるの?私が…わたしが!わたしが…玲を守らないといけないのに!!」
何百回以上千咲は玲を守ろうとして失敗した。
そしてこの時、初めて玲が千咲を守って死んだ。
千咲は玲の体を抱きしめる。
雨が強くなる。
千咲の瞳。
そこに残っていた光が完全に消えた。
まるで壊れたおもちゃのように。
そして千咲は空を見上げて静かに言った。
「……なんで?」
「今までずっと、私が守ろうとしてきたのに」
「玲は……私を庇って死んだ」
「あれ?違うのかな?……守られてるのは、私?」
「じゃあ……原因は、私?」
「はは……ああ……そうか。」
ネックレスを握る。
「分かった。そういうことなんだ」
その声には迷いがなかった。
雨が落ちる。
千咲は空を見上げる。
「私が代わりに死ねばいいんだ」
光。
世界が歪む。
雨が止まる。
音が消える。
そして。
世界が崩れる。
玲はそれを見ていた。
千咲の戦いの結末が決まったことを。




