第45話 壊れたヒロイン
「玲」
声。
振り向く。
千咲だった。
同じピンクのワンピース。
同じ髪。
同じ姿。
しかし。
玲はすぐに分かった。
違う。
瞳。
千咲の瞳。
そこにあったはずの光は消えていた。
静かだった。
まるで感情を削ぎ落としたように。
「……千咲」
千咲は玲を見る。
ほんの一瞬だけ。
何かを確認するように。
そして言った。
「玲」
「今日は私の後ろを歩いて」
玲は少し笑う。
「どうしたんだよ」
千咲は答えない。
三人で歩き始める。
玲。
千咲。
そして。
姿の見えない姉。
千咲は歩きながら。
周囲を見ている。
道路。
信号。
車。
建物。
電柱。
すべてを。
確認している。
まるで。
地図を読むように。
いや。
違う。
これは。
確認ではない。
記憶だ。
千咲は知っている。
この時間のすべてを。
交差点が見える。
千咲は時計を見る。
「あと8秒」
玲は首をかしげる。
「何が?」
千咲は答えない。
3。2。1。
遠くで。
エンジン音。
トラック。
玲の背筋が冷える。
千咲は言う。
「止まる」
三人は横断歩道の前で止まる。
信号は青。
しかし。
渡らない。
次の瞬間。
トラックが。
猛スピードで交差点を通り過ぎる。
事故の時間。
玲は思う。
千咲は。
完全に。
未来を覚えている。
千咲は言う。
「右に行く」
三人は別の道へ進む。
雨が降り始める。
ぽつ。
ぽつ。
千咲は空を見ない。
もう。
知っているから。
玲は千咲を見る。
表情はない。
声も。
小さい。
しかし。
行動は正確だった。
まるで感情の無い機械のように。
そのとき。
遠くで。
自転車。
雨で滑る。
一直線に。
玲へ。
千咲が動く。
玲の腕を掴む。
引き寄せる。
自転車は通り過ぎる。
玲は笑う。
「なんだあいつ、危ないなぁ」
しかし。
千咲は笑わない。
ただ。
時計を見る。
「次」
その言葉は。
まるで。
作業のようだった。
玲は思った。
何回だ。
千咲は一体何回この朝をやり直したんだ?
大学に校門まで近づいたとき千咲は少し安堵の表情を浮かべる。
初めてここまできた。
そんな様子だった。
そのとき。
轟音と共に激しい光が走った。
衝撃。
玲の体が落雷に焼き尽くされた。
即死。
だがもう千咲は驚かない。
玲のそばへゆっくりと歩み寄る。
そしてしゃがむ。
玲は動かない。
千咲はそれを静かに見ている。
涙は出ない。
もう泣く段階は終わっていた。
千咲はネックレスを握る。
小さく呟く。
「……125回」
その声には。
怒りも。
悲しみも。
ほとんど残っていなかった。
ただ空っぽだった。
そして千咲は言った。
「……次」
光。
世界が歪む。
雨が止まる。
音が消える。
そして。
世界が崩れる。
玲はそれを見ていた。
千咲の瞳。
そこから。
最後の光が。
消えていくのを。




