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第44話 もう数えきれない

 それから玲は何回千咲のループを見たのだろう。


 もう数えていない。


 また同じ公園に玲は立っていた。


 そして。


「玲…」


 千咲が歩いてくる。


 同じピンクのワンピース。


 同じ髪。


 同じ声。


 しかし。


 玲はすぐに気づいた。


 千咲の瞳。


 もうあの頃のような輝きはない。


 そして何百回も同じ朝を見てきた人間の目。


「玲」


 千咲は落ち着いた声で言う。


「今日は私の言う通りにして」


 玲は少し驚く。


「え?」


「理由はあとで話す」


 その声には。


 迷いがなかった。


 三人で歩き出す。


 玲。


 千咲。


 そして。


 姿の見えない姉。




 千咲の歩き方は以前とは違った。


 周囲を見ている。


 道路。


 建物。


 信号。


 すべてを。


 確認するように。


 交差点が見えてくる。


 千咲は足を止める。


 時計を見る。


「あと15秒」


 玲は首をかしげる。


「何が?」


 その瞬間。


 遠くで。


 エンジン音。


 トラック。


 玲の背筋が冷える。


 千咲は静かに言う。


「ここで止まる」


 三人は横断歩道の前で止まる。


 信号は青。


 しかし。


 渡らない。




 数秒後。


 トラックが。


 猛スピードで交差点を通り過ぎる。


 玲は息を止める。


 事故の瞬間だった。


 千咲は小さく息を吐く。


「……第一関門」


 玲は千咲を見る。


 その横顔。


 以前より。


 少しだけ。


 表情が少ない。


 雨が降り始める。


 ぽつ。


 ぽつ。


 千咲は空を見る。


 そして言う。


「次はこっち」




 三人は別の道へ進む。


 玲は思う。


 千咲は知っている。


 すべてを。


 未来を。


 しかしその瞳はほんの少しだけ寂しげだ。




 そのときだった。


 前方。


 自転車が突っ込んでくる。


 雨で滑る。


 一直線に。


 玲へ。


 玲が動くより早く。


 千咲が動いた。


 玲を引き寄せる。


 自転車は通り過ぎる。


 玲は息を吐く。


「危ないな」




 千咲は何も言わない。


 ただ。


 静かに。


 時計を見る。


 玲は気づく。


 千咲の手。


 少し震えている。


 しかし表情は変わらない。


 そして歩き出す。


 次の交差点。


 雨。


 車。


 すべて計算するように進んでいく。


 玲は思う。


 これはもう何回目なんだ。


 玲は数えるのをやめていた。


 一体、千咲は何回この朝を繰り返してきたんだ。




 もう大学が近い。


 少し安心する千咲。


 そのとき角から集団で走るランナーが飛び出してきた。


 玲はとっさに避けるが雨で滑り、車道側にバランスを崩す。


 ブレーキ音。


 千咲の目が動く。


 しかし。


 避けきれない。


 衝撃。


 玲の体が吹っ飛ぶ。


 千咲の瞳が揺れる。


「玲!!」


 雨の中。


 玲の体が倒れる。


 千咲は駆け寄る。


 しかしもう分かっていた。


 玲は動かない。


 千咲は静かに膝をつく。


 涙は出ない。


 ただネックレスを握る。


 そして小さく呟く。


「……58回目」




 光。


 世界が歪む。


 雨が止まる。


 音が消える。


 そして。


 世界が崩れる。


 玲はそれを見ていた。


 千咲の瞳から。


 少しずつ。


 光が消えていくのを。

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