第40話 彼女は、世界をやり直した
雨が強く降っていた。
交差点の空気は、さっきまでとは別の世界のようだった。
潰れたトラック。
割れたガラス。
白い煙。
そして地面に横たわる人影。
玲の呼吸が止まる。
「……千○!」
声にならない声でもう一度呼ぶ。
「……千○!!」
しかし返事はない。
雨が強く降る。
アスファルトに血が混ざる。
全く動かない。
もう死んでいた。
玲の胸が締め付けられる。
玲はゆっくり近づく。
その顔を見ようとする。
しかしどうしても顔が見えない。
名前も呼んでいるはずなのに誰かわからない。
まるで靄がかかったように。
輪郭だけがそこにある。
玲は思う。
……なんでだよ。
誰なんだ……。
その人は玲をかばった。
玲の代わりにトラックの前に出た。
玲は拳を握る。
そのときだった。
「……玲…」
絶望した小さな声。
振り向く。
千咲だった。
さっきまで笑っていた千咲が青ざめた顔で立っている。
目が大きく開いている。
震えている。
千咲の視線は。
倒れている人から離れない。
「……うそ」
小さな声。
雨が降る。
千咲は一歩前に出る。
「……うそ」
もう一度。
震える声。
千咲……
千咲は膝から崩れ落ちる。
雨の中。
その人のそばに。
しゃがみ込む。
千咲は震える手でその人の手を握る。
「……なんで」
涙が落ちる。
雨に混ざる。
「なんで、なんで……お姉ちゃんが…」
玲は立ち尽くす。
この光景を玲は知らない。
しかし。
胸が痛い。
どうしようもなく痛い。
そのとき。
千咲の手が胸に触れた。
千咲はそれを握りしめる。
美しく輝くペンダント。
千咲が震える声で言う。
「……これ」
涙が落ちる。
「お姉ちゃんが……私にくれたのに」
千咲はそれを胸に抱く。
「……これからもずっと一緒だって言ったのに!!」
雨が強く降る。
千咲は泣き崩れる。
声が途切れる。
玲は何もできない。
足が動かない。
声も届かない。
手を伸ばしても、
その人には触れられない。
まるで別の世界にいるみたいに。
玲はただその光景を見ていることしかできなかった。
そのときだった。
千咲の握るペンダントの石が青く光った。
玲の視界が揺れる。
空気が歪む。
雨が空中で止まる。
音が消える。
世界が静止する。
玲は息を止める。
……なんだ?
空気が震える。
光が広がる。
そして世界が崩れる。
玲は目を開けた。
同じ公園。
同じ桜の木。
同じ曇り空。
「玲!」
声。
振り向く。
千咲。
さっきと同じ。
同じ服。
玲の背筋が冷える。
……まさか戻ったのか?
玲は理解した。
そうか。
これは千咲の時間だ。
千咲がループさせたんだ。
玲はただそれを見ていることしかできない。
そして玲はこれから始まるものを観測する。
千咲が何度も繰り返すこの3月9日を。




