第31話 イブの夜
クリスマスパーティーは、思っていたより長く続いた。
料理はほとんどなくなり、テーブルの上には食べ終えた皿とグラスだけが残っている。ケーキの箱も空になっていた。部屋の中には、食事のあとの甘い匂いと、少しだけ気の抜けた空気が漂っている。
ツリーのライトだけが、静かに点滅していた。
「玲くん」
千春が言った。
「今日はもう遅いし」
時計を見る。
ほんの少し間を置いてから、自然な口調で続ける。
「泊まっていったら?」
玲は苦笑した。
「いいのか」
千夏がすぐに口を挟む。
「むしろ帰れるの?」
玲も窓の外を見る。
気づけば、すっかり深夜だった。駅まで歩くには遅すぎるし、何よりこの家の空気が、もう「帰るな」と言っている気がした。
玲は肩をすくめる。
「……じゃあ、甘えさせてもらうかな」
千春が笑う。
「うん、決まり」
客間は二階だった。
広い洋室。
大きなベッドがひとつ置いてある。ホテルみたいに整えられた部屋で、客間にしては立派すぎる気がした。
「ここを使って」
千春が言う。
「ありがとう」
玲がそう返すと、廊下側のドアから千夏がひょこっと顔を出した。
「変なことするなよ」
玲が言う。
「誰にだ?」
「わたしに、とか?」
玲は思わず笑う。
「お前が一番危ないだろ!」
「もー! 失礼だな!」
千夏は笑いながら去っていった。
千春が言う。
「おやすみ」
「おやすみ」
扉が閉まる。
急に静かになる。
玲はベッドに腰を下ろした。
柔らかすぎるマットレスが少し沈む。
「ふう……長い一日だった」
そう呟いた瞬間。
ガチャ。
扉が開いた。
「……玲くん」
千秋だった。
頬が赤い。
明らかに酔っていた。
「千秋?」
千秋はふらふらと歩いてくる。
足取りが危なっかしい。
「どうした?」
「なんだか身体が熱くて」
小さく言う。
玲は驚いた。
「酒、飲んだのか?」
「ちょっとだけ、だよ」
その答え方が、まったく信用ならない。
千秋は、そのままベッドに座っていた玲の隣に腰を下ろした。
そして。
ぎゅ。
抱きついた。
玲の思考が止まる。
というか。
なんだこのパジャマは。
クマの着ぐるみ?
ふわふわで、耳までついている。
千秋って、こういうの着るのか。
玲は固まった。
「……千秋?」
だが、千秋は気にしない。
そのまま体重を預けるように倒れ込み、玲も一緒にベッドへ押し倒された。
そして千秋は、自分の胸に玲の顔を埋める。
華奢なイメージの千秋だが、予想外に柔らかい感触だった。
玲の顔が、一気に熱くなる。
「んー……玲くん、いい匂い。しゅき」
理性を保つのが精一杯だった。
「よ、酔ってるだろ」
「うーん、わたし、酔ってないもん……」
千秋は少し笑う。
そのまま、力が抜けた。
「……すぅ……」
玲が言う。
「寝た? のか……」
完全に寝ていた。
玲は困った顔をする。
「どうするんだこれ」
このまま起こすのも可哀想だし、かといってこの状態は危なすぎる。
仕方なく。
玲は千秋をそっと持ち上げ、隣に寝かせた。
クマの着ぐるみのフードが少しずれて、千秋の髪が枕に広がる。
「……」
玲も、その隣に横になる。
疲れていた。
今日は本当に、いろいろありすぎた。
しばらくして。
玲の瞼も重くなる。
「……まあ」
小さく呟く。
「大丈夫だろ」
そのまま。
玲も眠りに落ちた。
朝。
玲は、ゆっくり目を開けた。
「……ん」
天井が見える。
柔らかい布団の感触。
それから。
知らない重み。
右側。
温かい。
左側。
柔らかい。
玲が、嫌な予感を抱えたまま視線を下げる。
右。
千秋が、玲の腕にしがみついて寝ている。
クマの着ぐるみ姿のまま、幸せそうな顔で眠っていた。
そして。
左。
千夏が、同じように玲の腕にしがみついて寝ている。
「……はぁぁ?!?!」
玲の脳が一瞬で覚醒した。
さらに。
身体の上にも重みがある。
そっと視線を下げる。
千春が、普通に玲の上で寝ていた。
「……なんで?」
声が掠れる。
そのとき。
千夏が目を開けた。
「……玲」
寝ぼけた声。
そして状況を見る。
「……」
数秒、沈黙。
次の瞬間、叫んだ。
「え、なにこれ!!」
千夏が玲を見る。
「……玲。浮気?」
「違う!!」
玲が叫ぶ。
「ってか付き合ってないだろ!」
「そこ!?」
「俺が聞きたいんだよ!」
その騒ぎで、千秋も目を擦りながら起きた。
「……あれ? 玲くん? なんでここに?」
そして状況を見る。
顔が、一気に真っ赤になる。
「え?」
その声に反応して、千春もゆっくり目を開けた。
「……あら」
状況を見る。
一瞬の間。
そして、楽しそうに笑った。
「玲くん、モテモテだね」
玲は天井を見た。
「……誰か説明してくれー!!!」
クリスマスの朝は。
思っていたより、ずっと騒がしかった。




