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第29話 消えたはずの“クリスマスの記憶”

リビングは暖かかった。


大きなクリスマスツリーのライトが静かに点滅し、テーブルの上には料理が並んでいる。グラスの触れ合う音と、他愛ない笑い声が部屋の中をやわらかく満たしていた。


いつもの千堂家の空気だった。


玲は、千秋にもらったマフラーを首に巻いてみる。


ふわりと軽くて、思っていた以上に温かい。


「ありがとう」


そう言うと、千秋は少し照れたように笑った。


「気に入った?」


「うん、すごく!」


玲は頷く。


その笑顔を見て、千秋もほっとしたように目を細めた。


そのときだった。


千冬のタブレットが震えた。


ピッ。


小さな電子音。


千冬がすぐに画面へ視線を落とす。


その眉が、ほんのわずか動いた。


「玲」


玲が振り向く。


「なんだ」


千冬は、画面をそのまま玲へ向けた。


TIME RESONANCE DETECTED


玲の胸が少しざわつく。


「……またか」


その瞬間。


空気が揺れた。


チリン。


玲の頭の奥で、鈴の音が鳴る。


一瞬だけ。


景色が変わった。


同じリビング。


同じクリスマスツリー。


同じテーブル。


でも。


人数が多い。


「千秋、ケーキまだー?」


千夏の声が響く。


玲は、その光景をただ見ていた。


千咲が笑っている。


ツリーの前でフォークを持って、今にもケーキを食べようとしている。黒髪が肩で揺れて、目元がくしゃっとなるくらい楽しそうに笑っていた。


「千咲! まだだめ!」


千秋が少し慌てた声を上げる。


「ほらほら、写真撮ってから、ね!」


千春が笑う。


「ほら千咲、こっち」


その横で。


千冬が小さく言う。


「観測……」


そして。


「玲」


小さくて、懐かしい声だった。


パッシャ。


シャッター音。


景色が戻る。


リビング。


今の千堂家。


クリスマスの光。


玲は瞬きをした。


喉が、うまく動かない。


「……今」


言葉にならなかった。


千夏が、戸惑ったように言う。


「なんか」


千秋も、小さく続ける。


「懐かしい感じ」


千春が首を傾げた。


「昔のクリスマス思い出した」


千冬は、もうタブレットを見ていた。


その画面に、新しいログが残っている。


MEMORY RESONANCE

MULTIPLE TARGET


玲が聞く。


「……どういうことだ」


千冬は静かに答えた。


「記憶の共鳴です」


玲が眉をひそめる。


「つまり?」


「世界が消した記憶が、一瞬だけ漏れました」


その言葉に、玲の胸が強く鳴る。


さっきの光景。


確かに。


そこに千咲がいた。


笑っていた。


いたはずのない誰かじゃない。


最初から、この家族の中にいたような顔で。


しばらく沈黙が続いた。


ツリーのライトだけが、何も知らないみたいに明滅している。


千秋が、ぽつりと呟く。


「千咲……」


その声は、自分でも信じきれていないように震えていた。


千夏も言う。


「今、千咲がいた気がする」


千春も神妙そうな顔で言う。


「気のせい……ではなさそうね」


玲は黙っていた。


言葉にした瞬間、全部が壊れてしまいそうな気がした。


でも。


もう誰も、完全には忘れていない。


千冬が小さく言う。


「玲」


「ん?」


千冬はモニターを見たまま、低く告げた。


そこに新しいログが出ている。


WINTER EVENT

PHASE 2


玲が言う。


「……始まったか」


千冬は静かに頷いた。


「はい」


リビングの暖かさの中で、玲だけが別の冷たさを感じていた。


冬が、さらに深い場所へ進み始めている。


クリスマスツリーの光が、ゆっくり揺れていた。

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