第28話 聖夜、ヒロイン勢ぞろい
12月24日。
冬の空気は冷たく澄んでいた。
街にはクリスマスソングが流れ、駅前のイルミネーションが夜を明るく照らしている。青や白の光が歩道に反射して、足元まできらきらして見えた。
玲はスマートフォンを見ながら、小さくため息を吐く。
千春からのメッセージ。
『今日、18時に千堂家に来て』
短い文章。
それだけなのに、断る余地が最初から存在していない感じがした。
「……これ絶対断れないやつだ」
玲は小さく呟いた。
千堂家の門をくぐると、すでに玄関の灯りがついていた。
冬の夜の冷たい空気の中で、その灯りだけがやけに温かく見える。家の中からは楽しそうな声が漏れていた。
インターホンを押す前に、扉が開く。
「いらっしゃい」
千春だった。
サンタクロースの衣装に身を包み、髪をほどいている。いつもの大人っぽい雰囲気に、妙に似合っていた。
玲は思わず、唾を飲む。
「玲くん、遅い」
「まだ時間通りだろ」
玲が言うと、千春は少し笑った。
「すごく待ってたんだから」
そう言って、玲の胸を指先でつつく。
その仕草が妙に自然で、でもやっぱり反則だった。
玲は苦笑する。
「それなんか反則だな」
千春は軽く肩をすくめた。
「だって本当だもん」
そう言って、くるりと背を向ける。
「入って」
リビングの扉を開けた瞬間。
ソファから影が飛び上がった。
「玲ーー!」
千夏だった。
「やっと来た! 遅い!」
「いやだから時間通りだって」
千夏は玲の腕を掴む。
その勢いのまま部屋の中央まで引っ張っていく。
「見てこれ!」
視界に飛び込んできたのは、大きなクリスマスツリーだった。
きらきらと光るオーナメント。
壁に下げられたリース。
テーブルの上には料理がずらりと並び、その中心には大きなケーキまである。
「気合入ってるでしょ?!」
玲は思わず周囲を見回した。
「これ、全部お前がやったのか?」
「半分!」
千夏は胸を張る。
「もう半分は千春姉」
玲が千春を見る。
千春はワインのグラスを持ちながら、楽しそうに笑っていた。
「千夏だけだと、部屋が爆発するからね」
「ちょっとぉ! ひどい!」
千夏が抗議する。
「あらあらごめん」
千春はまったく悪びれない。
それから玲を見る。
「でも料理は頑張ったよ」
玲がテーブルを見る。
ローストチキン。
サラダ。
パスタ。
グラタン。
並んだ皿のどれも、ちゃんと手がかかっているのが分かる。
「確かに、豪華だな!」
千夏が言う。
「でしょ?」
そして突然、玲にぐっと近づく。
「玲」
「ん?」
「君にチキンを一番最初に食べる権利を授けよう」
玲は笑う。
「なんだそれ」
「特別だよ」
千春が横から口を挟む。
「ずいぶん玲くんを甘やかすね、千夏」
千夏はすぐに言い返す。
「いいじゃん! 千春姉だって玲にめっちゃ甘いじゃん!」
そして、にやっとして千春を見る。
千春は平然としていた。
「そうかしら?」
千夏が言う。
「だって腕組んで玄関迎えに行ってた」
玲が即座に言う。
「おい、それ言うな」
千春が笑う。
「玲くん困ってる」
千夏がさらにニヤニヤする。
「玲、どっちがいい?」
玲が聞き返す。
「何が」
「お姉さんか」
千春が微笑む。
「わたし」
千夏が腕を組む。
玲は千夏の腕をそっと外してから言った。
「急に地雷踏ませるな」
「あー!! 逃げた」
千夏が不満そうに声を上げる。
「もー! つまんない」
そのとき。
「玲くん」
静かな声が聞こえた。
振り向く。
千秋が立っていた。
トナカイのコスプレをしている。
いつもの落ち着いた雰囲気とあまりに違っていて、玲は一瞬言葉を失った。
以前よりも顔色がよく、表情も柔らかい。
「久しぶり」
玲は少し安心するように笑った。
「元気そうだな」
「うん」
千秋は小さく笑う。
そのとき、千秋が玲に箱を差し出した。
「これ、プレゼント」
玲が驚く。
「俺に?」
「うん」
「なんだろ。開けていい?」
「うん、開けて」
玲が箱を開ける。
中に入っていたのは、高価そうなカシミヤのマフラーだった。柔らかそうで、見るからに上質だと分かる。
「え、いいのか? こんないいもの貰っちゃって」
「うん」
千秋は少し照れながら言う。
「だって玲くんに似合うと思って」
それから、声を少し落とした。
「それに、玲くんが寒くないようにって思って。私の気持ち」
玲は笑った。
その言葉の重さに、少しだけ胸が温かくなる。
「ありがとう」
「玲」
冷静な声がした。
振り向くと、千冬が立っていた。
いつもの服に、いつものタブレット。
しかし今日はサンタの帽子を被り、胸元にリボンまでつけている。
新鮮というか、違和感がすごい。
「来ましたね」
玲が言う。
「おい、クリスマスくらいそれ置いたらどうだ?」
「観測は継続中です」
千冬は真顔だった。
千夏が呆れたように言う。
「千冬ほんとブレないね」
千春が笑う。
「あいかわらず通常運転だね」
玲はため息をつく。
「とりあえず乾杯するか」
玲がグラスを持つ。
千夏が勢いよく言う。
「はい! メリークリスマス!」
そのまま勢いよくシャンパンを飲む。
玲が言う。
「え、まだ乾杯してない」
千春が笑う。
「あはは! まあいいんじゃない?」
千秋も小さく笑った。
千冬は真顔で言う。
「文化的儀式としては成立しています」
玲が言う。
「お前なぁ。言い方」
笑いが広がる。
グラスが触れ合う軽い音。
ツリーの電飾の明かり。
部屋の中だけ、外の冬とは別の世界みたいに暖かかった。
クリスマスの夜は、ゆっくり始まっていた。




