第20話 秋祭りの光
神社へ続く参道は、赤い提灯で照らされていた。
夜の空気は少し冷たい。屋台からは焼きそばやたこ焼きの匂いが流れてきて、ソースと炭火の香りが混ざり合っている。子どもの笑い声、太鼓の音、遠くから聞こえる祭囃子。秋祭りの夜は、玲が思っていたよりずっと賑やかだった。
玲は鳥居の前に立ちながら、小さく息を吐く。
そのとき、背後から声が飛んできた。
「玲ーー!」
振り向くと、千夏が手を振りながら走ってくる。
鮮やかな青い浴衣に、黄色い帯。明るい色が千夏によく似合っていた。相変わらず元気いっぱいで、人混みの中でもすぐ目につく。
「祭りとか珍しいじゃん!」
「今日は特別だ」
玲が答える。
その後ろから、千春がゆっくり歩いてきた。
落ち着いた紺色の花柄の浴衣に、アクセントみたいに映えるピンクの帯。派手すぎないのに、大人っぽさだけはしっかり残っている。
「玲くん、急に呼び出すからびっくりした」
そう言いながら、千春は玲の隣に並ぶと自然に腕を絡めてきた。
体温が、布越しに伝わる。
「でも祭りは大好き。玲くんのことも、ね」
玲はなんだか小っ恥ずかしくなって、少しだけ目を逸らした。
そして次に現れたのが、千冬だった。
シンプルで飾り気のない無地の浴衣。片手には、案の定というべきか、いつものタブレットを持っている。
「一ノ瀬玲」
「何だ?」
千冬は少し息を荒げながら言った。
「秋祭りの人口密度は予想より23%多いです」
どうやら人ごみに酔っているらしい。
玲は苦笑する。
「祭りなんだから当たり前だ」
そのとき、小さな足音が聞こえた。
千秋だった。
白い柄の浴衣に、薄いレースの羽織。人混みを避けるみたいに、少し遠慮がちな足取りで歩いてくる。
「……玲くん」
玲は少し笑う。
「来てくれてありがとう」
千秋は小さく頷いた。
「誘われたから」
それだけの返事なのに、玲は胸の奥が少し軽くなるのを感じた。
前までのループでは、この日、千秋は祭りには来なかった。
それだけで、未来が変わっている気がした。
最初に千春が玲の手を引いた。
「玲くん」
「ん?」
「甘いの食べたい」
屋台の前で立ち止まる。
わたあめの屋台だった。
千春はふわふわのわたあめを受け取ると、少し笑いながら玲に差し出す。
「はい」
「俺の?」
「違う! 一緒に食べるの」
千春は少し千切って、玲の口元に近づける。
「ほら」
玲が苦笑する。
「子どもか」
千春は笑う。
「いいじゃん」
そう言って、自分でもひと口食べる。
「……甘い」
提灯の赤い光に照らされた横顔は、思ったよりずっと楽しそうだった。
次に千夏が屋台を指さした。
「玲! あれ!」
金魚すくいだった。
千夏はすぐにポイを握る。
「絶対取る」
しかし、一匹目であっさり破れた。
「……あ」
玲が笑う。
「めっちゃ下手だな」
「もー! うるさーい!」
千夏はふくれながら、もう一枚挑戦する。
今度は慎重に、水面をそっとすくう。
「……よし!!」
一匹成功。
「今の、見た!?」
千夏が嬉しそうに振り向く。
その笑顔は、本当に子どもみたいだった。
次に、千冬が静かに言った。
「次は射的です」
玲が聞き返す。
「やるのか?」
「はい」
千冬は銃を持つ。
狙いを定める姿勢に、妙な安定感がある。
そして撃つ。
パン。
景品が落ちる。
もう一発。
パン。
また落ちる。
玲が驚く。
「うまいな」
千冬は表情を変えない。
さらに撃つ。
また命中。
店主が苦笑する。
「お嬢ちゃん強いねぇ」
玲も挑戦してみる。
撃つ。
外れる。
もう一発。
また外れる。
千冬が言う。
「一ノ瀬玲」
「なんだ?」
「下手ですね」
玲が言う。
「お前、笑ってるだろ」
「いえ」
しかし、口元は少しだけ笑っていた。
気がした。
最後に玲は、屋台の前で立ち止まった。
きつねのお面が並んでいる。
白いもの、赤い模様の入ったもの、少し笑っているように見えるもの。
玲は一つ手に取る。
「千秋」
「え?」
玲はお面を差し出した。
「これ」
千秋は少し驚く。
「私に?」
「……似合うと思って」
千秋は少し迷ってから、そのきつねのお面をつけた。
白い浴衣とよく合っていた。
千秋は少し照れたように笑う。
「……似合ってないかも」
「そんなことない」
玲は言う。
「すごく似合ってるよ」
千秋は、ほんの少しだけ頬を染めて笑った。
それから、屋台の方を見る。
「あ、焼きとうもろこし」
「食べる?」
玲が買って渡す。
千秋は一口かじる。
醤油の焦げた匂いが、ふっと広がる。
「……おいしい」
そして、小さく言う。
「すごく楽しい……嬉しい……」
玲は少し安心した。
その言葉が、千秋の本音に聞こえたからだ。
そのとき。
千秋の手が止まる。
「……あれ」
玲がすぐ聞く。
「どうした?」
千秋の呼吸が浅い。
肩が小さく上下している。
少し苦しそうに言う。
「私……楽しい……嬉しいのに……む、胸が……」
玲の背筋が凍る。
「千秋?」
千秋の体が揺れる。
目の焦点が、一瞬だけ遠くなる。
そして。
そのまま倒れた。
「千秋!!」
玲の叫び声が、夜の祭りに響いた。




