表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
99/117

第99話 ラーメン④


 至高のラーメンにたどり着く未来が見えない。

 知らない土地の暗闇を、地図なしで闇雲に歩くようなものだ。


 そんな日々が続き、自分自身への失望が積み重なり始めていく。

 師匠やリッタさん、街角勇者亭、お客さんの笑顔が救いだった。


「ごちそうさま。日々、美味しくなっていきますね、努力の味がします、オルヴィさん」

「……いえ、俺はまだまだです。師匠」


「元気ねぇーじゃねぇですか。こんなにうまいラーメン作ってるのに。もっと自分の努力を誇りやがれです。エルに並ぶくらい最高のラーメンでごぜぇーますよ。って何でエルは、あたしの頭をなでるんでごぜぇーますか」

「ありがとう、ございます。リッタさんも」


「エル? 何でオルヴィは落ち込んでるんでごぜぇーますか?」

「また来ます、オルヴィさん」


 いつも通りにやってきて、淡々とラーメンを食べて感想を告げた師匠と、不思議そうな表情を浮かべて振り返るリッタさんを見送った。


 彼らと入れ替わるようにして、故郷グレイランドの村長ハルヴァル・グレイランドとその娘ミヤがやってきた。

 一年の半分が雪となる故郷。その民族衣装を身につけていない二人を見るのは新鮮だ。

 

 ここに来たのは偶然ではないのだろう。

 きっとレイナが伝書鳩で居場所を告げたのだ。連れ戻すように。

 そんなに俺の顔を見るのが嫌なのだろうか。

 いや、やめよう。俺の心配をしてくれたのだ。きっとそう。


 戦えなくなった俺は、ハルヴァル様とミヤの瞳に、どう映っているのだろうか。


「よく居場所がわかりましたね」

「有名だからな。オルヴィの行方を追いかけるのは簡単だった。流石は我らが村の誇りだ」


 真っ直ぐに彼らの目を見ることができない。


「っ。俺は、もう戦えません。グレイランドの誇りには成り得ません」

「そんなことないっ! ……っ。そんなこと、ないです」


 否定してくれたのはミヤだった。

 村を出て五年。昔の面影そのままに美しく成長していた。


「オルヴィ、グレイランドへ戻ってこないか。ただ戻るだけじゃない。村のために、次期村長として役目を果たして欲しいのだ」


 次期村長。それはミヤとの結婚を意味していた。彼女は俯いている。その表情は伺うことができない。

 娘を溺愛しているハルヴァル様だ。

 ミヤも了承済みのことなのだろう。

 今の俺には勿体無い話だ。

 でも。


「もう少し、もう少しだけ、やりたいことがあります」

「レイナから聞いている。ラーメンなる物を作っているとか。それは村でも出来ることじゃないのか?」


「……」

「……ミヤのことが嫌な訳ではないのだな」


「それはもちろんです。俺には勿体無いくらいです」

「ならば、村に」

「っ。父様っ。オルヴィさんも困ってますっ! 無理強いはやめましょう」


「そうだな。……オルヴィ。ラーメンを二人分、作ってくれないか?」

「はい。口に合えばいいのですが」

 

 スープの入った鍋に火を焚く。

 二つの器に湯を入れ、温め、その湯を捨てる。器に返しダレを入れ、背脂を少量入れた。

 そこに透き通るスープを入れると、タレと混ざり褐色になり、辺りには醤油ラーメンの香りが満ちていく。


 麺を湯ぎり、器へ投入、黄金色のそれが、褐色のスープに沈みこむ

 身体に染みついた動作だ。

 淀みなく、具材を盛り付ける。


 二人の目の前にラーメンを並べた。


「醤油ラーメンになります。どうぞ」


 二人はラーメンのスープを口に含んだ。一瞬その表情が強張ったことに気づいた。

 それはいつかのレイナと同じ表情で。


 明確な違和感。

 悔しい。

 やっぱり今のままでは。


 二人はその後、黙々とラーメンをすすった。

 その間、ミヤの表情はコロコロと変わっていく。美味しい物を食べている時のクセは昔と同じだ。

 美味しいと感じてくれてはいる。

 救いだった。


 食べ終えた二人は笑顔を浮かべた。

「驚いたよ、オルヴィ」

「オルヴィさん、ごちそうさまでした」

「しばらくアクアテラに滞在する。気が変わったら声をかけてくれ」


……。


 スープを一口飲んだ時の表情は、レイナと同じだった。

 やはり何かが足りない。


 誰もいなくなった屋台で、独りため息をついた。

 疲れたな。

 今日の営業はやめよう。


 そう思い、店仕舞いをしていると、ミヤが戻って来た。何か言うでもなく、黙って俺を見ている。


「ミヤ、成長したな。皆、元気か?」


 首を縦に振った。元気なようでよかった。


「忘れ物か?」


 首を横に振る。違うらしい。


「アクアテラに滞在するって言ってたな。楽しむといい。故郷にない美味しいものが沢山ある。特におすすめはチョコだな。絶対食べた方がいい。それに」


「わ、私は……オルヴィさんのラーメン好きです。感動しました。それを伝えたくて」

「気を使わないでくれ」


 一口目の表情が忘れられない。

 あれが全てだ。


「ち、違いますっ。うまく伝えられませんが、本当に美味しかったの」


 彼女は顎に人差し指を当てる。

 心の中の感情に合う言葉を懸命に探すように。


「……故郷の味を感じました」


 故郷の味? ミヤは何を言ってんだ。


「故郷にラーメンはないだろ」

「でも――」


 下唇を噛んでいる。胸の前で拳を握って、意を決したように言った。


「怒らないって、私のこと嫌いにならないって、約束してくれますか?」


 真剣な表情だったので、ただ頷いた。


「父様も美味しいと言っていました」

「それは嘘だな。本当に美味しかったら仕草に出る」


 俺がそうだった。それに、人が美味しいモノを食べた時の反応は、師匠の元で何度も何度も見てきた。

 村長の表情は、程遠いものだったから。

 

「……でも、足りないとも、言っていたんです」

「っ! そんなことっ! 俺だってわかってる!」


 怒鳴るつもりはなかった。

 俺も感じていたことだから。ずっと悩んでいたことだから。つい口から溢れてしまった。


「っ。故郷の味に似ている。でも違う。だから何かが足りないってっ。だ、だから故郷の味だって、そう思ったのっ。オルヴィさんに会うために、他の街を巡ったからっ。きっと故郷の味が恋しくなったからっ。ラーメンを食べて、それを感じたから」

「……それだけか」


 彼女は今にも泣いてしまいそうだった。

 年下の子の前ですら、恰好をつけられない。

 俺はどこまでも脇役だ。


「帰ってくれ」

「っ! だから言ったじゃんっ! 怒らないって! 約束って! 私だってっ! 私だってっオル兄が作ってくれた料理に文句言いたくなかったっ! 悩んでたからっ! 苦しそうだったからっ! 好きでこんなこと伝えたかったわけじゃないっ! だって、今でも十分美味しいもんっ! 馬鹿ッ!」


 そう言って、彼女は走って行ってしまった。


 泣いてたな。

 二度目だ。

 村を出る前日も同じ顔をしていた。


「俺は、最低だ」


 何やってんだ。あんなに嬉しそうに食べてくれたのに。

 故郷の人間で彼女だけは、昔のように頬を真っ赤にして心底嬉しそうだった。


「里帰り、しようかな」


 至高のラーメンは故郷でも目指せる。アクアテラで頑張る必要はない。

 帰るか。

 まず二人に頭を下げよう。


 グレイランドの皆んなは、ラーメンなんて食べたことない奴ばかりだから、きっと人気になる。

 食わしてやりたい。ラーメン最高だから。

 でも醤油ラーメンは駄目だな。

 故郷の昔馴染みは皆、怪訝な顔をしていたから。

 まずいわけではきっとない。美味しいのは間違いない。そう信じたい。でも何かが足りないんだ。


「どうして」


『……故郷の味を感じました』


 ミヤの感想が引っかかる。

 それに昔馴染みだけ、怪訝な表情していたのも不思議だ。


「……故郷の、味?」


 慌ててスープに火を入れた。

 器に湯を入れて温め、それを捨てる。

 返しダレ、背脂を少々、温めたスープを器に投入。

 出来上がった褐色のスープを一口飲む。


 雑味。

 旨味を打ち消している。

 それが嘘偽りない俺の感想。

 俺の直感だ。


 何とかこの雑味を消そうと、背脂を足したり、香料を増やしたり、スープを工夫していた。ずっともがき続けていた。


 食べた人は誰もが美味しいと言ってくれた。

 故郷の昔馴染みだけ、怪訝な表情をしていた。


 思い返せば俺もミヤと同じ感情を抱いていた。それは俺が作る醤油ラーメンだけではない。

 師匠が作るモノにすら、違和感を抱いていた。


 違和感じゃない。

 本音では、醤油ラーメンだけは、尊敬する師匠のモノでさえ、雑味を感じた。

 だから俺は醤油ラーメンを選んだんだ。

 きっと、そうだ。


 返しダレを入れる前のスープをすくって飲む。旨味が口に広がる。


「スープは問題ないっ!」


 醤油から作る返しダレだけをすくって舐めた。


「雑味っ! 引っ掛かりがっ!」


 美味く言葉にできない。自身の頭を叩く。思い出せ。記憶の中の故郷を。雪国のグレイランドを想う。曖昧な故郷の味、記憶の中の、それと比べると、やさしさがないと感じた。その表現しか合う言葉がない。


『きっと直観に従うのが正しい』

 師匠のその言葉を何度も反芻はんすうする。


 返しダレを作るための、素となる醤油を口に少量含む。

 雑味。

 故郷の記憶の中の醤油を必死に思い出す。


 その味と比べると、アクアテラの醤油は『塩辛い』、それが素直な感想だった。


「……醤油の味が、違う?」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ