第98話 ラーメン③
試行錯誤を繰り返し三ヶ月。
ようやく形になった。
師匠におすすめされ、一月前にギルドで購入した移動式屋台。
その席に座り、俺の作ったラーメンを完食した師匠が笑顔で言った。
「おいしかったです。もう十分に営業できるくらいに」
「まだ、納得のいく一杯ではないですけど」
「お客さんの表情を見て、改善していきましょう。それにしても、オルヴィさんが醤油ラーメンを選ぶとは思わなかった。何か理由が?」
「理由は、ないです。本当に、何となくで……」
「そうですか」
師匠は満面の笑みを浮かべた。
「きっと直観に従うのが正しい」
「また来ます」
そう言って、席を立った。街角勇者亭に戻る師匠の背に頭を下げる。
醤油ラーメン。
なぜだろうか。好きなラーメンは山ほどあった。
けれど、俺は醤油ラーメンを選んでいた。
師匠は美味しいと言ってくれたが……。
自分用に作ったラーメンに口をつける。
出汁の旨味、それを損なわないよう調整した醤油から作るカエシの味を感じた。
不味くはない。
美味しいという師匠の言葉も世辞じゃないのだろう。
だが、どこか違和感があった。
その正体が分からないまま、向き合い続けている。
試行錯誤を繰り返す日々の成果で、麺は納得のいくものが出来上がっていた。
師匠の後ろ盾、ヴァイオレット様が提供している工房の一つに、麺の生地をつくる魔工具の区画がある。
師匠行きつけの工房を借りた成果が、今、目の前にある、黄金色のちぢれた麺だ。
これには自信があった。
自動で回り続ける魔工具。
そこに小麦粉、塩、水を加えて生地を作り上げるのだ。不思議なことに、小麦粉の種類で、仕上がる麺には劇的な違いが出る。
味も風味も、色合いさえも変わってくるのだ。
試作を繰り返す日々により、醤油ラーメンに合う麺が完成していた。
スープの開発は食材探しから始まった。
豚、鳥、野菜に香料、昆布。
その選定以上に難しかったのが、火加減。
醤油という存在感の強い味。そこから作る醤油ラーメンは形こそ整えやすいが、納得の味にはなかなかたどり着けない。
熱すぎると醤油の風味が飛ぶ。
そして醤油の味の強さが、出し汁の旨味にどうしても勝ってしまう。
挫折しそうになる。
その度、師匠の言葉を思い出していた。
「本当に美味しいですよ。醤油の塩分が身体に沁みる。きっと肉体を酷使した冒険者の列ができる」
師匠は俺が作るラーメンを食べるたびに、うれしそうにしてくれる。
励みになった。
師匠のために作りたい。そう思うくらいに。
それは嘘偽りない自分の感情だ。
でも、心のどこかで違う気もしていた。
そうであるならば醤油ラーメンを選ぶ理由がないから。
全てを失った自分を救ってくれたあの日、一番初めに食べた師匠のラーメンは塩ラーメンだった。
だとしたら塩ラーメンが原点であり、それを選択するはずだ。
でも、俺は醬油ラーメンを選んでいた。
矛盾だ。
そう分かっていても、今もなお、至高の醤油ラーメンを追い求めている。
……。
師匠の宣伝の効果か、ラーメン提供の初日から大盛況だった。
途中で麺がなくなるくらいに。
その翌日も、その後も、営業中は休む暇がないくらいに客入りが多かった。
特に冒険者の客が多い。列が出来る日だってあった。
「先輩これ美味いっすね!」
「だろう? 最近毎日通っててよう! 冒険者ギルドの副長ライアンが勧めてた時は半信半疑だったが、本当来てよかった」
「働いた後のラーメンが最高過ぎるっすね!」
口コミが口コミを呼ぶ。
美味しい物を仲間に紹介したくなるのは人のサガなのだろう。
美味しそうに食べてくれる、その姿に、自身の作る醤油ラーメンへの自信の無さが吹き飛ぶような気がした。
だが、閉店後、作った醤油ラーメンを食べると、やはり納得がいかない。
スープの中に、隠しきれない雑味がある。そんな気がしていた。
寝ても覚めても、ラーメンのことを考える。何が足りないのだろうか。何度も何度も食材を変え、火加減を調整し、作り方を工夫し、至高のラーメンへ挑戦していく。
本当に、全てをラーメンに捧げた。
もう俺にはこれしかなかったから。
ふとした時に、弱気が訪れる時がある。
飯屋をやってると、嫌でも噂が耳に入るから。
「白銀の盾の活躍聞いたか? すげぇぜ、AAランクの魔物討伐で、貴族から屋敷に招かれたらしいぞ。しかもタンクのマルスがその貴族の娘に気に入られたらしくてよ」
「お、おいっ。ここでその話やめろって」
「は? 場所関係なくない?」
「お前知らねぇのかよ。オルヴィさん、元白銀の盾のメンバー」
「っ! あの追放された奴っ⁉︎」
「おいっ!」
「あ……す、すんません」
申し訳なさそうにお客さんが頭を下げた。
「いやいや、大丈夫です。やめてくださいよ。もう過去のこと。今は何も感じてないです。俺は今、ラーメン作りに命をかけてるんで」
俺は努めて明るく振る舞った。
「へ? 命?」
「お、おいっ。あ、そうなんですね。へへ。オルヴィさんのラーメン、た、確かにめっちゃ美味いっすよ。いつもあんがとです」
ラーメンに命をかける。
それは本当に命をかけている彼らの前では、軽く響いた気がした。
たかが料理の一つ。ただの嗜好品。
そこに至って、俺は少し恥ずかしくなった。英雄譚には魔物を倒すヒーローがいても、食事を振る舞う料理人は出てこない。
命をかけるのも、憧れの対象になるのも、いつだって冒険者や騎士、前線で戦う者だ。
そんな英雄たちに、今の俺は守られるだけの存在。
「き、聞かなかったことにしてください」
顔を伏せて、仕事に没頭した。
ふいにラーメンへの情熱が恥ずかしくなる。その事実に師匠の顔が浮かんだ。
ラーメンを作り過ぎて、痛む手首に触れた。
その日の夜、あり得たかもしれない別の未来を想像した。
冒険者を続けている自分だ。
現実の自分は部屋の一室で天上を見上げている。
名誉も栄誉もない、誰にも理解されない夢を追いかけている。それが今の俺。
弱気を打ち消すように、顔を二度叩いた。
情熱を恥ずかしくなった、あの瞬間を思い出す。
師匠に顔向けできない。
「馬鹿野郎。美味いラーメン作るって、決めただろうが」
心の中で、情熱が揺らぐのを感じた。
……。
白銀の盾のパーティーメンバーが屋台に来た。
冒険者にラーメンが人気になっていくのを肌で感じていた。
当然こういう事態もあり得た。
冷静を装う。
大丈夫。心の準備は何度もしてきた。
その中にはレイナもいる。幸か不幸か、彼女から言葉は無かった。
タンクのマルスがいないことは救いだ。
追い返すのもおかしな話なので、そのまま接客することにした。
彼らの注文のし方や態度は横柄に感じる。どこかこちらを小馬鹿にしたような。
俺が心のどこかで、引け目を感じているからだろうか。
冒険者と料理人。
主役と脇役。
でも皆、ラーメンは笑みを浮かべて食べてくれた。
レイナだけは終始、怪訝な顔をしている。
それが悔しかった。
「ま、味はなかなかだな。また来るか」
「いや旨いだろ。スープまで全部飲み干してるくせに」
「まぁなっ。冗談だ。ありがとな、うまかったよオルヴィ」
レイナだけは最後まで美味しいと言ってくれなかった。
目を合わせず、告げたのはたった一言だけ。
「オルヴィ、故郷に戻った方がいいよ」




