第100話 ラーメン⑤
「旨いっ!」
師匠がスープを飲み干して笑みを浮かべる。
「美味すぎるよ、これっ! オルヴィさん」
「悔しいでごぜぇーますが、エルが作る醤油ラーメンより、うめぇですっ」
「リッタも分かってくれるか⁉」
「エルは何で嬉しそうですかっ。もっと悔しやがれですっ!」
こんなに興奮している師匠を見るのは初めてで。
きっと俺はニヤニヤとしてしまっていることだろう。
「それにしても、グレイランドの醤油がこんなにもラーメンに合うなんて。よく気付けましたね」
故郷にいた時は醤油の味を気にしたことがなかった。
剣術しかやってこなかったから。
料理は一生することがないとも思っていた。
思い出の醤油より、アクアテラの醤油は塩辛さと苦味がある。
その雑味によって、スープに角が立つ。
故郷の味に慣れている者だからこそ、この雑味に違和感を抱く。
慣れ親しんだ調味料の味だから。
醤油を味わい、比較しそれは確信に変わった。
「グレイランドの醤油はまろやかで旨味が強いのです」
「確かに、塩味の角が立っていない。えぐみがない。……深くてやさしい味わいだ。仕入れに行って、その理由も分かった気がする。年の半分が雪が降る地だ。山に登れば、年中雪。そこで寝かせた熟成醤油が成せる味なのかもしれない。……グレイランドは素晴らしい村だ」
師匠は子供のように、はしゃいでいる。
リッタさんは呆れながらも一緒に喜んでいた。
故郷を褒められ、俺の胸も熱いモノが込みあげてくるのを感じた。
醤油の味について師匠に相談したのは5日前、一も二もなくリッタさんと飛び立っていった。あっという間にグレイランドから、色々な醤油を持ってきてくれたのだ。
リッタさんの竜化は驚きだったな。改めてエルさんは何者だろうか。
間違いようのない事実がある。
尊敬すべき師匠であり、導き手。
自分を信じる勇気を与える者。
俺にとって神話の勇者以上に勇者だった。
師匠が俺を見つめていた。
「至高の醤油ラーメンに、辿りつきましたか?」
その問いを受けて、俺はスープを一口飲んだ。
美味しい。
雑味がなく、醤油の旨味を引き出した、美味い醤油ラーメンだ。
でも。
『オルヴィさん。あなたが本当にラーメンを提供したいと思える人は誰ですか?』
誰のために作るか。
師匠は言っていた。
料理は愛情だから。
醤油だけじゃ足りない。
俺が提供したい人は……。
「いえ……まだ、足りません。まだ、俺にできることがある、と思うんです」
目を瞑り、故郷の雪原を思い浮かべる。
グレイランドの皆は、寒さに凍えて仕事をする。
塩分の補給は必須だ。でも塩辛いだけじゃ癒せない。
甘さが必要。やさしい味で癒したい。
師匠のラーメンとの出会いを思い出す。
そうだ。俺はあのラーメンの暖かさに心を救われた。
もし、故郷の皆が食べて笑顔になってくれたら、どれだけ幸せなことだろうか。
故郷の寒さに負けないくらいに、できる限り長くあたたかい味を楽しんで欲しい。
「……そうか」
俺が作りたい醤油ラーメンは——。
「俺たちにできることは、何かありますか? 同志、オルヴィ」
目を開けた。
目の前には頼もしい師匠がいる。
いや、遥か前から情熱を燃やし続けていた、尊敬すべき同志がそこにいた。
「この醤油ラーメンに合う、最高の食材を……見つけたいです」
師匠は少し沈黙して、口を開いた。
「肉、ですか?」
やっぱり師匠には敵わない。あえて含みを持たせているようなその一言。
俺のやりたいことを理解してくれていた。
「はい。最高の脂が欲しいです」
その言葉に師匠が立ち上がった。
血に飢えた獣のような笑みを浮かべて。
「リッタっ! デュークとケイ、フィーに声をかけてくれ。脂のうまい魔物を狩りつくす。醤油ラーメンに合う最高の脂を追い求める。同志オルヴィが納得いくまで終わらない狩だ」
「肉共、震えて待て、でごぜぇーますねっ!」
そう叫んで飛び立つ彼らを見送った。
本当に狩り尽くしてしまうのではないだろうか。
……俺はとんでもない人達と知り合ったのかもしれない。
試行錯誤の準備をしながら、ニヤける顔を抑えるのが大変だった。
……。
「オルヴィ。本当にいいんだな。もし食べて感動しなかったら、共にグレイランドに戻ると」
「父様っ。ちゃんと公平にしてくださいね。素直に感想を」
「ミヤ。当たり前だ。私は忖度しないし嘘もつかない。グレイランドの誇りにかけて」
ハルヴァル様とミヤがアクアテラに滞在する最終日。
二人に声をかけ、もう一度、醤油ラーメンを食べてもらうことにした。
認めてもらいたいから。
いや、知って欲しい。
このアクアテラでなければならない理由がある。
料理にすべてを捧げ、悩み、もがき苦しみながら、冒険者たちに負けないくらいに全てを懸ける、情熱の同志がいることを。
俺もその一員になりたいから。
彼らと共に高みを目指したいから。
誰に何と言われようと、俺は彼らを誇りに思っているから。
それを知ってもらいたい。
だから、今の俺の全てを捧げたラーメンを二人に。
数日寝かせていた、かえしダレを取り出す。
故郷の雪原で作られた、塩味の角が取れた濃い醤油。
そこに糖、酒を加えたもの。
香りとコクが最高なんだ。
「オル兄、楽しそう……」
麺を茹でている間に、器にかえしダレを入れる。バンディットという豚を煮詰めて摂れる背脂を少々加えて、かき混ぜた。
塩っ気をやさしく包む、甘い背脂。
スープにも改良を加えている。チャーシューを作った出汁に鳥と魚介、香料をいれて煮詰めた。
麺の茹で加減を確認。好し。最高の麺。
時間だ。
手早くスープと返しダレを混ぜ合わせる。
褐色のスープに浮かぶ脂が、日の光をきらきらと反射していた。
自慢のスープの完成。
醤油ラーメンの匂いが満ちていく。
茹でていた麺を湯ぎる。
一度、二度、キレ良く振るう。
スープに余計な湯を入れないための大事な作業。
後は祈りを込めるのも忘れない。少しでも届けたい気持ちがあるから。
どうか、二人が笑顔になってくれるように。美味しくなりますように。
黄金色の麺を、透き通る褐色のスープに入れる。具材の盛り付け。チャーシュー、煮卵、香料に野菜を少々。
ミヤの歓声があがる。
でも、まだ終わらない。
俺が作りたいラーメンは故郷の皆んなが喜ぶものだ。
極寒の冬。帰ってきた家族を迎える、あたたかくやさしいラーメン。
醤油ラーメンに背脂を、粉雪のように振りかける。
背脂は旨味だけではない。スープを脂の膜で覆い、極寒の外気と遮断し、最後まで冷めさせないための工夫となる。
それをふんだんに使う。
粉雪でラーメンを覆っていく。
保温が効く。寒い外気にさらされてもなお、温かい味を保つ、背脂ラーメン。
師匠に教わった王道の醤油ラーメンではない。
人によってはうつくしいと思えないかもしれない。
邪道なのかもしれない。
けど。
目を瞑る。
寒い雪国の故郷を想う。
凍えるほどの寒さに負けない、最後まであたたかいラーメンを届けたい。
この一杯に今の俺のすべてを捧げた。
「これが俺が届けたいラーメンです」
故郷を想わせる粉雪のような背脂が、醤油のラーメンを彩っている。
湯気がやさしく揺らめていた。
これこそが――。
故郷の、皆に捧ぐ、至高のラーメン。
二人は顔を見合わせて笑みを浮かべる。
「これは、腹が減る匂いだ」
「うんっ。……いい匂いっ。すごくっすごくっいい匂いっ!」
二人がスープを口に含む。
顔をあげた二人は、顔を見合わせて笑顔を浮かべた。
その目の端にはうつくしい輝き。
「——ッ!」
拳を強く強く握る。
胸の奥が、沸るほどに熱くなっていく。
心の中の情熱が声となる。
脇役だって、好きな物を表現することは出来るから。
「グレイランドの醤油から作ったラーメンです。俺は、故郷の味をこの地から広めていきたい。だから俺は、この地で――」
第二の人生。
ここから、大切な人に笑顔を届けてみせる。




