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第93話 チーズ①


 街角勇者亭の朝。

 チュンチュンと小鳥たちが仲良く降り立っては、空に飛びたち春の訪れを喜んでいる。癒される鳴き声。平和の象徴みたいなもんで、朝の鳥たちの声が好きだった。


「エル……なんだよこれ……」


 朝からデュークが憤慨している。

 正確には昨日の昼、とあるチーズを食べてからずっとだが。


 まぁ、この光景も平和の象徴だから好きだけど。

 何度も説明したから俺は無視を決め込む。

 デュークが立ち上がった。


「なんだよこれぇ! やって良いことと悪いことがあんだろ⁉」

「うめぇです……うぅ……デューク。こっちのピザもうめぇです。食べてみやがれです」


 デュークが怒った顔のまま、リッタから受け取ったピザを切り離す。その断面のチーズがとろーりと伸びていく。地面に落ちんばかりに伸びたチーズの先から器用にパクパクと口に含んでいった。

 

 目を瞑った。

 そして噛んでは喉を鳴らし、チーズを口に含む。その度にチーズが伸びていく。


 むすっとした顔のまま。


「…………」


 食べた後は無言で咀嚼(そしゃく)する。


 片や、彼と契約している竜、リッタはうめぇうめぇと泣いてばかり。

 最近少しおかしい。

 夜寝る時は同じベットの時も多かったのだが最近は別だ。からかってくるのは少なくなり接触も減った。距離が少し離れたような気がして寂しい、そう思う時もあれば、過剰に引っ付いてくる時もある。


 飯を食べるたび、感情表現が過剰になっていた。


 そして今日は朝からピザを食べるという、俺なら胸やけする行為を二人は平然とやってのけていた。


 デュークがかっと目を見開く。

 チーズの断面を眺めて、だらしなく頬を緩めて言った。


「――脳が飛ぶ。どうしよう」

「どうしようもない。手遅れだ。だいぶおかしい」


 このやりとりもずっと同じ。


「本当に脳が飛ぶんだ。触感も味も、このチーズの破壊力を分かっていない。エルはとんでもないものを出している」

「……朝からうれしいけど。食べ過ぎは身体によくないからな。食べてわかると思うけど――」

「あぁ、俺の腹が叫んでやがる。こいつは太ると」


 キリっとした顔をしている。最近さらに太ったように思う。昔の面影はあるのだけど……、あるだけに何だか残念なようにも思ってしまう。街を歩けば女性が振り返るような、本物のイケメンだったんだけどな。しばらくチーズの提供はやめようかな。デュークにだけ。

 けど、うめぇうめぇと愛嬌がある顔で食べてくれるもんだから、ついつい甘やかしてしまう。


「あ、あぁ」


「うめぇもんが身体に悪いなんて許せねぇ」

「あたしは気にせず食べられるでごぜぇーます。竜で良かった。世界に感謝。大地に感謝。エルに感謝」


「心底リッタがうらやましい」


 デュークがガチ泣きしながら恨みの視線を向けていた。


「最近二人、少しおかしいぞ」


「エルのせいだ」「エルのおかげ」


 二人の繰り返される反応に、思わず笑ってしまう。


「俺じゃない。このチーズを作ったミルキーベルのニコライのおかげだ。後は彼を支援したシャルの母親、ロザリエッタ様のおかげ」


「そうか……会ったら生まれてきてくれてありがとうと縋りつくしかないな」

「ロザリエッタ様は大貴族だから十分に気をつけてな。変態と思われたら独房行きだ」


 デュークの素性もメイド達から情報が割れていると思うから、多分大丈夫だろうが。 


「エル。このチーズ、ご飯にかけていい?」

「肉にかけるのも最高でごぜぇーますよ」

「……うっ。脳が飛ぶ」


 二人はチーズを色々なものにかけて喜んでいた。

 うっ。それにしてもだ。

 本当に朝から食べるボリュームではない。

 俺は二人を見るだけでお腹いっぱいだ。


「ただのおっさんにしか見えねぇ」


 懐かしい声が聞こえた。自然と自分の口角が緩むのがわかる。

 最後に会ったのはアクアテラに来る前だから一年と少しぶりか。


「もう冒険者は引退したからな」


 赤髪とギザギザの歯。鍛え上げられた身体。幼馴染の一人。

 王都アルカディア最強の騎士、ケイ。

 背丈ほどの大剣をかついでいる。

 未だに鍛えているのもあるだろうが、人より長命の獣人である彼は同い年だというのに若々しい身体をしていた。

 ドカっと席に座る。


「よくここが分かったな」

「探すのに苦労した」


「元気そうでよかった。フィーフィーは?」

「まだ聖女の塔やら、この都市のお偉いさんに挨拶周り。あと二、三日は拘束されるんだろうが。ま、聖女のお役目ももう終わった。今は各拠点でたまに聖女の代行やってる。しばらくはここに滞在するだろうよ」


「……そうか。それは賑やかになりそうだな」

「違えねぇ。先にエルに会ったことがバレたら殴られるがな」


 幼馴染との会話に、俺の頬は緩みっぱなしだ。

 王都に挨拶に行こう行こうと思いつつ、アクアテラでの毎日に悩殺されていた。

 久しぶりに顔が見られてよかった。


「あー! うめぇーなぁー。このチーズ肉最高だなー!」


 存在を主張するように声を出す男が一人。昔の面影のないデュークが飯を食いながら、ケイを見ている。

 ところが――。


「ま、エルが元気そうでよかったがな。今日のおすすめ一つ」

「了解だ」


「おい無視すんなケイ! 俺だよ俺! デューク! 俺も幼馴染!」

「あー、えっと、あぁ、え? デュークか……デブ過ぎて分からなかった。すまないな」

「前回会った時も俺は太ってただろ⁉ いい加減覚えろ⁉ 俺がデューク」


 デュークが腹を揺する。揺れる脂肪を見つめてケイが言った。


「覚えたくねぇこともあるからな」

「……まぁいいよ。ケイ、こいつ食ってみ。脳が飛ぶぞ」


 とろけるチーズをはさんだハンバーガーを示す。


「こりゃ旨そうだなっ! 遠慮なく頂く――」


 灰色の猫耳、翡翠(ひすい)色の瞳、美しい白い髪を肩で切りそろえた女性がドカッと座り、ぷんぷんと私怒ってますという雰囲気を隠さず、ケイの手から皿を奪った。

 フィーフィーだ。

 なつかしさに頬が緩む。


「それ俺の――」

「自分ダケ抜ケ駆ケズルイデス!」


 ハンバーガーを手に取り、小さな口で豪快に食べる。想像以上に伸びるチーズに慌てて、はむはむと咥えていく。

 上品の欠片もない食べ方になってしまい、かわいそうなほどに赤面していた。


 けれどそれを上回るくらいに美味しいのだろう。瞳孔を開いて口に手を当てた。


「ひさしぶり、フィー」

「んぐ。エルちゃん、コレ美味シイッ」

「朝から無茶し過ぎだ。胃もたれしても知らないぞ」

「大丈夫っ!」


 ケイの分の料理も提供していく。

 久しぶりの同窓会だ。

 近況を報告し合い、料理に笑顔が浮かんでいた。


「ヴァイオレット家にも挨拶に行くのか? もし行くのならチョコを食べるといい」

「チョコ? エルちゃんガ自慢ゲニ、オススメ、スルノ珍シイネ」


「自慢げ?」

「ウン! 嬉シソウ。チョコ、頼ンデミルネ」


 フィーがニコニコとしている。


 まぁ、食べたいと頼まなくても、歓迎の際に出されると思う。なんせ、今やヴァイオレット家を象徴するお菓子だから。


 ここ半年で、アクアテラの様子も様変わりした。

 シャイロックの店舗は減少し続け、今やヴァイオレットとハインリッヒの店舗が表通りを埋め尽くしていた。

 店だけではない。


 カカオ豆の大規模農園も活発。

 セシリア・ハインリッヒの幼馴染、ネル・アルジェ大規模農家の娘。ヴァイオレットの後ろ盾を得て、ネルの家は小麦に米の生産量も増やしていた。


 ミルキーベルのニコライの農場も規模を拡大している。生クリームだけではない。チーズの開発もし、利益を上げていた。


 一方のシャイロックは没落の一途を辿っている。

 元々金で結束していた面もある。金の切れ目が縁の切れ目。裏切りも横行していることだろう。

 この間、通りでほつれた服を着たガイウスを見かけたが、一人でびくびくと通りを歩いていた。

 声をかけていないから詳細はわからないが。


「チョコで思い出した……そうそう。エル。一応、伝えとく。何かわかんねぇんだけど、エルのことを悪く言いふらす貴族が王都に来たから成敗しといた。主にフィーフィーがな。怒らすと怖い奴って普段やさしい面の皮被ってやがんのな――あで」


 ケイがフィーに叩かれている。


「ケイガ、暴レル前ニ、成敗シタダケ」

「二人ともありがとう。感謝だ」


 二人は顔を見合わせて笑った。


「おはようございまーす!」

「……です」


 猫耳の元ギルド受付嬢ミネットとミルキーベルのニコライがチーズと生クリームを届けに来た。


「いつもありがとう。ミネットさん、ニコライさん。このチーズ好評だ」

「いえいえ! こちらこそいつもありがとうです!」


 二人は同じ仕草で、ぶんぶんと手を振っている。その二人の薬指にはきれいな指輪が光っていた。


「……チーズと生クリーム。……牛たちも、喜んでいる……全部エルさんのおかげ」


 レシピを広める俺の同士のニコライが、大きな体を丸めて何度も頭を下げている。


 チーズ。

 その異世界に人々を魅了し続けた、魅惑の食材。

 チーズの味をかみしめるたび、彼らの努力が感じられる。


「俺は何もしていない。ニコライさん、あなたの愚直な努力のおかげ」

 

 皆を笑顔にする、このチーズに至るまでには彼の情熱があったからこそだった。

 喜ぶ人の顔を見るたびに、彼の情熱を思い出してしまう。

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