表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
92/117

第92話 異世界レシピの使い方

(ミスティ視点)


 私の長い話を終えた頃には、夜の(とばり)が下りきっていた。


「その後の物語は私よりリッタの方が詳しいでしょ? あなたとデューク、エルちゃんは魔族の残党狩りをしながら異世界レシピ集め。聖女の力に目覚めたフィーフィーとケイは王都アルカディアへ。魔王を倒したと喧伝(けんでん)しないのは、平和に慣れてしまい人類が弱くなることを避けるため。来世の魔王と戦う強き者が育つ環境を維持するため」


 リッタは黙って聞いていた。今もなお、ただ茫然(ぼうぜん)とこちらを見ている。

 暗闇で途方に暮れる迷子の少女にしかみえない。

 リッタの生きた年月は二十数年ほど。

 竜の年齢でいえば、子供そのものだから当然か。


 あまりのかわいらしさに笑ってしまう。


 天使ラフィナがぱたぱたと何やら伝えているが、リッタの耳に入ってない様子だ。天使は鳥の姿になり、空へと舞って行く。神へ……神代行へ報告しに行くのだろう。


 しばらく経った後、リッタが自問自答するように口を開いた。 


「あたしは、どうすればいいんでごぜぇーますか? どうすれば報いることができるんですか? あたしに、何ができますか?」


 救いを求めるように、リッタが手を掴んでくる。それを握り返して伝えた。


「今のままで……今まで通りで」

「何もかも分からなくなってきました……料理を広める。それがお金を稼いだり、地位を築くことより、美しい女性から寵愛を受けるより、価値があることなんでごぜぇーますか? エルの望む未来は何ですか? ミスティ。分かるなら全て。全て教えて欲しいです。どうか。どうか」


 エルの願いを全て話したわけではなかった。それをきっとエルは望んでいないし、他人の胸中をみだりに話すことは愛にとってルール違反だから。


 それにしてもと思う。


 エルは相変わらず不器用な子だ。愛を押し付けたくない子だから、悟らせないように接しているのだろうか。あまりに言葉足らずだ。


 その胸の内を私は痛いほど知っていた。

 彼の心の中は、彼の料理には、愛が溢れていたから。

 少しでも変な方向に行けば、魔王になってしまいそうなほど純粋な愛でもあった。

 リッタを不安にさせてしまうなんて、自己満足な子でもある。

 笑ってしまう。


「何で笑うんでごぜぇーますか? いじわるはやめてください。ミスティ」

「ごめんなさい。リッタ。おかしくて笑った訳じゃないの。愛おしくて笑ってしまったの。不器用な子達ばかりだから」


「……」

「私みたいに気安く愛を呟けばいいのに。愛しているよ。君の為なら何でもするよ。大好きだよって」

「……軽薄なのは、あまり好きじゃねぇーです」

 

 吹きだしてしまった。

 真っ赤な顔で口を尖らせるから。ただの恋する少女にしか見えない。


「あたしの質問に答えてくださいミスティ。あたしはどうすればいいですか?」

「エルちゃんがしたい事を見守っていればいいの。本当にそれだけ。あの子は勝手に夢に向かって邁進(まいしん)するから。ふふ。魔王だって止められないのよ」

「……」


 論より証拠。きっとリッタに必要なのは百万の言葉より、一つの事実。

 世界は真実に溢れているから。

 日常の愛は空気のようで、あまりにも愛が当たり前に溢れすぎているから、なかなか気づくことができない。


 でも今ならリッタの見える世界はきっと変わるはずだ。

 手を取り、彼の元へ向かうことにする。


 移動している間もリッタはらしくないことを口にしていた。


「人間はいつだって富や名声を欲しています」

「エルも人間。何か欲しいものがあるはずです。どんなことをしてでもあたしがそれを与えたいです」

「しあわせになって欲しいんです。しあわせにならなきゃ許せねぇーんです」

「だって。だって……」


 街角勇者亭に戻ると今日も笑顔が満ちていた。

 移動式の屋台に、椅子やパラソルが広がっていて、埋め尽くさんばかりに常連客で賑わっている。

 夜の空の下、星の輝きより、やさしい光に思えた。


 そんな中、場違いのような表情を浮かべ、リッタが迷子の少女のように私を見上げている。


「……ミスティ。教えてください。エルはどんな未来を願っているんでごぜぇーますか?」

「よく見て、リッタ。エルちゃんが本当に欲しいものが日常に沢山あるから」

「……」


 リッタが一人一人の顔を見ていく。竜の瞳孔が開き、輝いて見えた。


 笑い声、がやがやというふざけ合う声、笑顔に、飲んだくれてぼんやりとした顔、船をこぎ眠そうな者もいる。


 やさしい料理の香りが彼らを包んでいた。


「エルの料理はいつだってすげぇーんです」


 リッタがつぶやいていく。


「…………あたしは、この世界を生きているのが、いつも楽しかったんです」

「お金がなくて、地位もなくても、それでもエルの料理があれば、幸せでした」


 きっとリッタはエルとの旅の話を言っている。


「貧乏でも、食材がなくても工夫して美味しい料理を作ってくれて。たまに変な料理に手を出して失敗して。その失敗した料理すらしあわせでした。到底食べられそうにないものに手を出して、お腹を壊して、その姿も愛おしかった。旅の記憶も全部覚えています。一生忘れたくねぇ、大事な記憶です」


「でも分からねぇ―です。ミスティ教えてください。なんで料理を世界に広めようとしているのでごぜぇーますか? 今のままでもエルの周りは、十分にしあわせに溢れています」


 エルの全ての目的を伝えるのは愛の邪魔な気がした。

 リッタならいつか気付けると思うから。

 いいえ。長寿のリッタだからこそ知ることができる未来(あい)がある。


「ただ、彼の夢を見守っていれば、いつか感じられると思いますよ。リッタ」

「……」


「二人とも心配した。どこ行ってたんだ?」

 エルが心配して近づいてきた。

「乙女の会合を知ろうとするの? 秘密に決まってるじゃない★」


 うっ、とエルが無表情で後ずさる。


 魔眼で彼を見ると完全に器が壊れてしまっていた。人には魔素が宿る器が存在する。けれど薬の後遺症か、私との契約の結果か、彼は魔素を貯めることができず零れ落ちてしまっていた。

 これでは魔眼も私の左腕も使えないのだろう。

 それどころか単純な魔法以外は使えないはずだ。

 薬を飲まなければ、身体強化だって無理だろう。


 そして出会ってすぐに気づいたが、記憶が大部分欠落している。

 でも話す必要もないと思っている。

 私だけが知っている事実というのも、愛おしいから。

 

 彼にあるのは異世界レシピの能力だけ。

 それだけでも十分、世界を壊せる強力な力だ。

 その力を料理にだけ使っている彼を見て、笑みがこぼれてしまう。

 私の自慢の勇者。

 私の勇者の選択。異世界レシピの使い方。


「お腹減っているだろ? 出来合いの物あるから食べる?」


 まかないを出してくれた。炊き立ての米に、肉を乗せてタレをかける。

 だし巻き卵に、サラダ。

 席につきリッタが一口頬張る。

 さっきまで迷子の表情だったリッタが、母を見つけた幼子のような顔をした。

 ぽろぽろと涙が零れるリッタにエルがおろおろとし始める。


「おいおい。リッタどうした? お腹痛いか? まずかったか? デュークが喜んでいたから大丈夫だとは思うが」

「うめぇです。うめぇから涙が零れるんです」


「そ、そうか? いつもと同じだが」

()()が嬉しいから涙が出るんです」


「エルちゃん。お客さんが待ってるわ」

「あ、あぁ。ミスティ。リッタのこと任せる」

「えぇ」


 お客さんの注文を受けたエルが頷いた。

 甘い香りが満ちていく。

 エルが手際よくクレープを作っていく。

 器用に包み、顔に大きな傷のあるガタいの良い男性と、白髪の女性のお客さんにそれを渡した。


 聖女リディアと元傭兵のヴォルド。今はただの男女。


 待ちきれないとばかりに二人はクレープを食べた。その瞬間二人は笑みを浮かべた。ヴォルドが鼻先につけたクリームをリディアが取って笑いあう。


 目が合うとしあわせそうに眼を細め、『ありがとう』と口ずさみ一礼して街灯の先へと消えていった。

 今はただ幸せの続きを。来るべき復讐の物語の前の安息を、二人の英雄に。


 その光景を前に、隣に座った男が親のような顔で笑みを浮かべていた。

 ここにももう一人私の英雄が。

 男がエルに声をかける。


「店主。おでんをください」

「……はい。いつもありがとう水無月さん」

 

 エルは三人のことも覚えていないようだった。

 けど、三人の英雄は彼を見守っている。


 異世界レシピを料理に使う、愚直でやさしい勇者の夢を見守っていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ