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第88話 魔王討伐①


 都市内はまだ祭りの最中だった。

 だが、異変に気付いている者もいるようだ。城から天に上る光を指さす者も多くいたから。

 あきらかな異変だから当然のことか。

 おそらく街の平和な様子から、阿鼻叫喚は城の中だけだろう。


 成龍に跨り、人々の頭上を滑空する。怯えにも似た声が聞こえた。

 龍を魔物と勘違いしたのだろう。


 右の魔眼で都市を見下ろす。

 街の至る所にスライムが健気に隠れているのがわかった。

 魔力増強剤を飲んだミスティによって、生成され続けたスライム達。彼らが街の市民をきっと守ってくれる。


 都市の外に目を向ける。ヴァルハイム近郊は……火柱がいくつか上がっていた。

 ケイが間に合ったのかもしれない。


 聖女の塔上空、水無月が成龍から飛び降りた。


 塔の入り口で魔法陣を精製している魔族がいた。結界に覆われている聖女の塔を壊すつもりなのかもしれない。

 魔族には硬質な細い枝のような羽が生えていた。


「水よ」


 水無月が腕を振るうと大量の水が魔族に降り注いだ。

 魔族の周囲に不可視の何かがあるかのように、水が不自然な弾き方をした。


 右の魔眼で見ると、魔族の頭上には魔素を帯びた透明の鎖鎌がいくつも浮かんでいた。

 それは不規則に周囲を飛び交っている。

 直観で水無月は気づいたのかもしれない。いや、以前にも相対したことがあるのだろうか。

 水は、その不可視の何かとの距離感を図るための先制のジャブだった。

 視えないはずの鎖鎌を器用に避けながら、水無月は彼らの間合いに侵入している。


 水無月の後を追うように飛び降りる。

 風を感じる。

 あぁ。と思う。

 水無月は不可視の攻撃によって生じる魔力の変化を微細に感じながら避けていることがわかった。

 見えている僕とは違う世界を、師匠は確実に感じているようだった。

 

 魔族の攻撃を全て避け、水無月の先制の一閃。血が飛ぶ。


『またお前か。しつこい亡霊め』


 痛みを感じないのか、魔族はひるむ様子をみせない。


 同じように鎖鎌の攻撃を避け、僕も追撃を加える。赤い線に一刀を這わせるように。だが――魔族の赤い瞳と目が合う。


『止まれ』


 硬直。身体の自由が奪われただけじゃない。魔族へと向かう勢いがその場に縫い止められたように、停止する。


「殺」

『クっ止まれ!』


 師匠の追撃を避けるため、魔族の視線が外れた。

 その瞬間、僕の身体の自由が効くようになる。横から迫る不可視の鎌を身を伏せて避けた。


 今度は魔族が師匠を目視し、師匠の攻撃が止まる。

 理解。

 発動条件は視線の一致。


 左腕から魔素を刀に込め地面を切り上げる。砂埃が舞った。

 魔族の視線から逃れるための、原始的な目つぶし。


 魔族が数歩後退する。

 地を這い、魔族の懐に迫り眼を狙う平突き。

 手ごたえ。そのまま水平に横薙ぎ、抉る。


 ウガアアアアア。


 魔族は目を押さえて叫んでいる。

 距離を置いた。

 魔族の周囲の土が次々とえぐれていく。

 不可視の鎖鎌が暴れていた。

 近づく者全てを壊すように。


 隣に立った水無月が刀を肩にかけ、顎で魔族を示す。


「エル。お前視えているのか?」

「うん。鎖鎌」

「暴れているだろ」

「うん」

「やれるか?」

 

 頷いた。

 最後の訓練のようだった。


 師匠の言葉を思い出す。

 『気』を丹田に。呼吸を意識する。

 力みはいらない。魔素の流れを感じる。世界の流れを想像する。世界は魔素で溢れている。魔眼で世界を見て、よりイメージが明確になった。魔素の流れを全身で感じる。


 魔素を制するのは世界を制するのと同義。

 世界を味方につける。


 呼吸。


 自身の周囲に霧のような白気(はっき)が立ちのぼるのがわかった。それは体温の上昇によるものではない。濃密な『気』の奔流と『魔素』の激流による、空気の歪み。


 体内から『気』が、周囲から水の『魔素』が左腕に集まり渦となり、より刀を強固に鋭く形成する。今なら何でも切り伏せられる、そう思う。


「エル。覚えているか? 目指すべきは『気』ではなく、『神通力』……君はもうその域だ。今の君に切れない物はこの世にない」

「はい」


 避けることもできた。けど。全てを叩き切ることにする。師匠が見ているから。見て欲しいから。


 襲い来る無数の鎖鎌。

 スライムの訓練と何も変わらない。

 魔族の鎖鎌の間合いに足を踏み入れる。


 抜刀。


 頭上から来る鎖鎌を切り上げる。持ち手を握り変え、振り向きざまに背後から迫る鎖鎌に振り下ろす。横薙ぎ。平突き。

 演舞。

 基本の型。

 切り伏せられた鎖鎌が周囲に落ち、金属音を鳴らし、山を築いていく。


 全ての鎖鎌を切り刻んだ。

 魔族が肩で息している。荒い呼吸。死を悟ったのか、逃げる様子もない。


『来世では必ず我が踏みにじる』


 無抵抗な魔族の首に狙いを定め、地を蹴った。

 魔族の視線を振り切り、肉薄。刀をただ、振り下ろす。


 血が舞った。斜めに胴が分かれ、魔族が塵となる。


「本当強くなったな」


 師匠が何度も僕の頭を撫でた。

 最初に出会ったころに比べて身長の差も埋まってきた。

 だからだろうか、少し照れくさい。


「靴下の良さ、少しわかるようになった。少しだけだけど」

「免許皆伝だ」

「それが理由はうれしくない」


 師匠が笑った。その瞳はやさしい。おだやかな眼だった。

 僕は親を知らないけれど、きっとそれは親のような表情だと思った。

 抱きしめられる。


「今までよく頑張った」


 地面に黒い影が伸びていく。

 水無月が笑った。


「ミスティ様が呼んどるな。先に魔王と一戦やってくる」


「また会える?」

「どうかな。今回が最後かもしれないし、もう少しこの世に留まれるしれない。ただエルには救われた。それだけは確かだ。カナリスで過ごした日々は幸せだった。最初は変な子達で頭を抱えたがな。今はみなかわいい。()()()、この世に留まって、魔王への復讐だけを考えてきた人生だが、最後は好かった。うん」


 最後にもう一度頭を撫でて、師匠は黒い影の中に入っていった。



 聖女の塔の中に入る。霊達が出迎えてくれた。

 聖女、リディアの侍女たちなのだろう。彼女たちに案内されるままついて行く。

 塔上階、結界構築の部屋。


「チャント、帰ッテキテネ。私、頑張ルカラ」


 フィーがむんと拳を握り、にっこりと笑った。

 中央にある球体に入っていくのを見届ける。


 ヴァルハイム近郊に結界が構築されることだろう。

 塔の上階から見る郊外は、戦禍が激化しているようだった。


「郊外は? ヴァルハイムを守る他の孤児院の子たちはどうする⁉」


 デュークに答える。


「多分。大丈夫。ケイが来ているから。きっと」


 郊外を指さす。巨大な炎の柱がいくつも打ちあがっていた。


「デュークはここでフィーを守って。僕は行くよ。呼ばれているから」


 成龍五体。

 デュークとスライム。彼らが守っていてくれればフィーも大丈夫だろう。

 そして、聖女の塔自体にも結界が付与されている。

 デュークは強い。きっと大丈夫だ。


 赤黒い球体が宙に生まれた。徐々に僕に迫ってくる。

 僕の(ミスティ)が呼んでいる。


 魔王との決戦の時。

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