第87話 祭りと戦禍
武装都市ヴァルハイムにも祭りがある。
夜、願いを込めた紙を炎と共に空へ浮かべる祭り。
孤児院カナリスの子供達にとって初めての祭りの参加だ。
今までは都市防衛に参加してばかりで関係のない行事だったから。
カナリス総出で祭りを楽しむつもりだった。
発案はデュークとフィー。冒険に出ている時に、他の冒険者から聞いたらしい。どうしてもやりたい、孤児院の中でやろうと二人は大量の材料を買い込んできた。
「もちろんエルが作るんだけどな!」
デュークがうれしそうに言っていたのを思い出す。
屋台の料理。
どうせならと異世界の料理を作り並べていった。じゃがバター、餃子、串焼き、ステーキ。僕らでも手に入る材料で、異世界の料理をできる限り再現していた。お金は少し無理をしたけど。
街の屋台のような雰囲気に幼い子供達ははしゃいでいる。
「うめぇーです。けど、なんでミスティーがここにいるんでごぜぇーますか?」
「リッタがいるからに決まってるじゃありませんか★ ねぇ、約束したでしょ?」
「約束?」
「今世は生き抜いてもらうって★」
「ここにいる子達を見捨てるつもりはねぇーですよ。ミスティが何を言おうと魔王から逃げる――」
ミスティがニコニコとしたままリッタを見ている。
「はい★ あーん★」
「あむ。うめぇーです。……餌付け、やめやがれですミスティー」
幼い子供たちは皆はしゃいでいた。
「エルお兄ちゃん、これ何?」
「じゃがバター」
「じゃがバター好きぃ!」
「じゃあこれは?」
「餃子」
「肉汁うめぇ!」
「エル兄! デューク兄が餃子全部食べちゃう! もっと食べたい!」
「作るの手伝ってくれる?」
「うん!」
カナリスに笑顔が溢れていた。都市の方角からは軍歌や賑やかな音楽が聞こえてくる。
同時に近郊からは時折、魔物と戦う音も響いてきていた。平安は誰かの犠牲で成り立っている。そう実感してしまう。
皆、初めての平穏をめいっぱい楽しんでいた。
幼い子供達やデューク、フィー達とともに料理を作っては食べ、庭や丘で遊ぶことを繰り返しているとやがて夜が来た。
夜の空に灯りがポツポツと浮かび始める。
灯籠に似た防火術式が編み込まれた紙に火を灯し、打ち上げていた。
その灯り一つ一つに人々の願いが書き込まれているのだ。
東方の祭り由来と聞いている。
僕らも願いを書き込み、空に打ち上げていった。
「わぁ」
皆が感嘆の声を上げる。
夜空に広がる満天の星。その星の輝きを塗り上げるように、願いを込めた灯籠が空に浮かんでいく。
願いの灯りが星を覆っていくかのようだった。
「あれ……何?」
幼い子供たちが王城に向かい指をさす。
天に上るまがまがしい光。
異質な魔力が城から赤い光となって空に昇っていた。
「いつもと、違うじゃねぇーですか……」
「えぇ、そうね」
リッタがつぶやき、ミスティが星空を見上げて顎に手を当てる。
「いつもってどういうことだ? あれが何か知っているのか? リッタ」
デュークの問いにリッタが答えた。
「魔王の降臨……のはずでごぜぇます。いつもなら軍勢が現れ、天変地異が起きるはず。でも未だ星空が見えている」
「今世の魔王は趣向を凝らしているのかもしれないですね。ふふ。何度も負けているから。その対策かしら。何を仕掛けてくるのか楽しみね」
「ミスティ、全然面白くねぇです……亜竜」
魔法陣が中空に現れ、そこから成龍が五体出現する。
龍はデュークを遠くに逃がすために、彼を掴もうと手を伸ばすが、その手は空を切った。
「何の真似で、ごぜぇーますか? ミスティ」
水無月がデュークを小脇に抱えていて。
うすら笑いを浮かべている。
「何って、言ったじゃない。今世は生き抜いてもらうって。そのために、あなたの勇者にも戦ってもらわなきゃ」
「いずれ戦う、デューク達なら必ず魔王を倒せるでごぜぇーます。でもそれは今じゃねぇーです」
「この街を、子供たちを見捨てるのぉ?」
「……」
ミスティの声は試すような色をしていた。
リッタの魔力が膨れ上がり、空気がこすれ、周囲の気温がでたらめになっていく。
僕はフィーに手伝ってもらい、カナリスの子たちを孤児院の地下に連れて行った。
皆素直に従ってくれて助かる。
「エル兄、リッタ怒ってた」
「エル兄ちゃん、あの光何?」
「すぐ終わるよ。きっと寝て起きたらリッタさんも機嫌がよくなってる。でも、もし、みんなが帰ってこなかったら、スライム達と逃げて」
スライムたちが任せろと言うかのように、ぷるぷると震えていた。
「エル兄も行くの? フィー姉ちゃんも?」
心配そうに見上げる子供たちの頭を撫でる。
スライム達が、地下に食料を運び込んでくれていた。
「スライム。後は任せたよ」
きゅるる。
かわいい声に安心する。
外に出ると、未だにデュークを巡って竜王達がにらみ合っている。
「エルちゃん。コレカラ、ドウスルノ?」
「フィーをこれから、あそこに連れて行く」
聖女の塔。
「ミスティの想定の一つにスタンビートがあるから。聖女の結界起動が必要。フィーならきっとできる」
「ウン。多分デキルト思ウ。何トナクダケド、確信シテルヨ」
「ごめんね。辛いこと頼むけど」
「ウウン。デモ、甘イ、美味シイ、オ菓子食ベタイナ」
かわいい頼み事に笑ってしまう。フィーは僕を疑うことがない。
「……うん。たっぷりと。一緒に、皆で食べよう」
フィーがはにかんだ。
丘の上、暗闇に赤い光が瞬くと同時に、地響きが起きた。
土煙があたりを包む。
片手に剣、片手に王と王族の首を持った血まみれの王妃が立っていた。老いた皺まみれの顔、青白い生気のない肌。しかし力強い存在感。彼女が一歩進む度、彼女の周囲の草木が枯れる。王妃ではない。もはや魔王と呼ぶにふさわしい、禍々しい容貌。
右眼で見る彼女の魔力は間違いなく、異質。
『こんばんわ』
魔王が軽く剣を振るうと地が裂けた。
「くっ。虚空風牢開門」
リッタの声に巨大な魔法陣が宙に現れた。土が迫り上がり、巨大な門と巨人の腕を形作る。
その土でできた巨人の腕が門を開く。
真っ暗な風の球体が生まれ、それはギュルギュルと回転していく。
やがてそれは引力を伴う暴風となり、王妃を門の中へと吸い込む。
門の中に消える最後、王妃は口が裂けるほどの笑みを浮かべた――。
『いいのかしら? 私のみを吸い込むことに使って。私の魔族が世界に――』
一瞬リッタの肩がピクリと動いた。
王妃を吸い込んだ門が閉じていく。
今もなお、城からは赤い光が空に昇っていた。雲が空を覆っていく。
ゴン。ゴン。ゴン。という鈍い音が門から響いている。
門を内側からこじ開けようとする音か。
リッタが門の中に行かなければ魔王が再び顕現するのだろう。
「行きましょうリッタ。魔王が呼んでるわ」
「……デューク。行くでごぜぇーます。やばくなったら必ず逃げること。約束でごぜぇーます」
小さな門が開く、その中へリッタとミスティが入っていった。
門がうっすらと消えていく。
風の臭いが変わった。不快な生暖かい風。
生命の循環のない死んだ汚水の臭いがあたりを包む。
「スライム」
きゅるる。という声とともに、薬を出してくれる。そのすべてを口に含んだ。
戦いが始まるから。この戦いで全てを出し切るために。ありったけの強化薬を。
闇夜に人の影が浮かび上がる。
二本の角、細長い尾、異形の見た目、細長い手足、一つ眼。
人型だが、人間じゃないことがすぐわかる。おどろおどろしい魔力。
道化師のように腰を折り、奇妙な仕草で笑い、挨拶をする。
「初めまして、未来の勇者、そしてサヨウナ――」
魔族は殺すのみ。
一刀。先手必勝。魔族の懐に最速で飛び込みながら瞬時に刀を精製。毒々しい色の紫刀の柄を握り、力を込め、振るう。左腕から魔力が奔流となって刀に注ぎ込まれる。
袈裟切り。魔族が避ける。片腕のみ切り落すことに成功。
血が飛ぶ。血しぶき一つ一つを視認。
燕返し。返す刀。持ち手を切り替える神速の二撃目。右の眼で見る赤い線に沿って刀を振るう。
魔族の胴が真っ二つになり、闇夜に塵となって消えていく。
「うん。さようなら。はじめまして、名も知らない魔族」
一瞬の攻防。
振り返り、剣を成龍に向ける。
「成龍、協力してくれないか? あの聖女の塔に行きたい」
戦禍の音がヴァルハイム近郊からも激しく響いてきた。




