第87話 魔王討伐のレシピ④
ヴァルハイム近郊。
防衛を担当する他の孤児院の子供達も、冒険者達も今日は中級以上の魔物を見ていなかった。それはヴァルハイムの防衛が始まって以来のことだった。
誰一人犠牲になることはなく、時折現れる初級の魔物を狩るだけの時間が続いていた。
平和そのものだった。
嵐の前の静けさにも思えたし、ただの神の祝福にも思えた。
ただ、時折森の中から天に上る青い閃光が輝いているのが気になっていた。
それをみな、ぼーと眺めていた。
……。
秋の夜の地を、駆け抜けていた。
自分の身体じゃないみたいに軽い。自分の走る速度が変わっただけじゃない。景色が細切れのように動いている。時間が停止と再開を繰り返している感覚。思考が加速している、明確にそう感じていた。
ミスティの見ている世界は、赤の光と青の光に溢れている。慣れてくるとその法則がわかってきた。
赤は魔物の核。それを壊すと死んでしまう。
青は少し先の未来の魔素。生物は身体よりも先に魔素の流れが変わるようだった。
刀も以前とは比べ物にならないほど、濃密で純度の高い水の魔素をまとっている。
複数のオーガが襲ってきた。大人の数倍はある巨体。
彼らに正面から飛び込む。敵の動きが停止と再開を繰り返しているように見える。
思考。手前から襲う。青い光で未来を視る。オーガの拳をかいくぐり、懐に潜った。青い光に照準を合わせ、赤い光……魔物の核に向かって刀を振るう。
柔らかいモノを裂く感覚。
一刀。絶命。
続けて二匹目三匹目と仕留めていく。
一瞬の攻防。いや、一方的な攻撃で決着。けど止まるつもりはない。
再び駆け抜ける。一匹でも多く狩るため。
全ての魔物を一刀で切り伏せていく。
あの苦戦を伴っていたリッチですらも例外ではない。
闇の間、次元の裏に紛れたリッチを、その領域ごと切り伏せる。隠れていても関係ない。魔素が君たちの存在を教えてくれるから。目を瞑っていても、手に取るように彼らの存在を感じることができた。
ヴァルイハイム周辺の魔物程度……上級の魔物程度では、薬を必要としないくらいに強くなっていた。
だが、薬以上に、脳が能力を使うことに悲鳴をあげているようだった。人の身では過ぎた能力なのだろう。長くは持たない。使えば使うほど、身体が壊れていくようにも感じる。でもそれでよかった。少しの間、強くなれれば、それでよかった。
僕の夢に、強さは必要ないから。
僕の望みは勇者になることでも、強さを周りに誇示することでも、賞賛されることでもないから。
そんなつまらないものに興味はない。
どうやら僕は強欲なようだ。
向こう見ずで、短絡的で、ありえない夢を本気で実現しようとしている。
実現できると本気で思っている。
そのために邪魔なものは全て排除する。
たとえ魔王であっても。
皆の笑顔がみたい。
この世界に美味しいレシピを拡げていきたい。
異世界の美味しいレシピを、僕のレシピを、後世に伝わるくらいおいしいレシピを、世界に拡げたい!
それが僕の夢。
僕は思う。愛は人の中に詰まっている。
自己犠牲をしてばかりのリッタも、一人のしあわせを願った聖女リディアも、復讐にとらわれていたヴォルドも、フィーもケイもデュークも水無月も……ミスティだって愛が沢山詰まっている。
人には愛がある。
それはきっと異世界だって変わらない。
そんな異世界の人々が情熱を注いだレシピに、愛が詰まっていないわけがない。
でも人の命は有限で。
神様は人々に心を創造しておきながら、寿命を設定した。
この世界は不平等で、無関心で、残酷だ。
僕にも当然寿命がある。
でもミスティやリッタは魔王を倒せば、ずっと生きていく。
僕らが死ねばきっと彼女たちは悲しむ。
そんな物語はつまらないと思う。
彼女たちが笑顔でいてくれる方法は何か考えた。
僕にできることは何か考えた。
簡単なことだ。
彼女たちが喜ぶ料理のレシピを後世に残せばいい。
僕は愚直に願う。
悲しいことがあっても、きっと美味しいものを食べれば笑顔になってくれる。
そう信じている。
それにはおいしい料理を作る必要がある。実力もレシピの数もまだまだ足りない。僕一人じゃ実現できないレシピも沢山ある。異世界のレシピに挑む仲間も必要だ。同じ情熱を持つ人をたくさん、たっくさん集める必要がある。
きっと大変だ。すごく苦しい思いもすると思う。苦しい思いを仲間にさせるかもしれない。でも実現できたら、その情熱の先に、多くの笑顔を見ることができるはずなんだ。異世界のレシピを見ることができる、僕だけにできる唯一の愛の表現だと思う。
いつか必ず、夢を叶える。
そのために今だけは異世界レシピを武器として振るうよ。
僕の夢を阻む、魔王とかいう邪魔な存在がいるから。
勇者なんてどうでもいい。強くなることだって本当はどうでもよかった。世の中にはもっと面白いことがあると僕は昔から知っているから。異世界レシピが、人々の情熱を教えてくれたから。
僕は望む。
人々の情熱は人を笑顔にすることに向けられるべきだ。そっちの方が楽しいから。
大切な人に笑顔でいて欲しいから。
だから僕は大切な人が喜んでくれる美味しい料理のレシピを残すと決めた。
それが僕の夢。
異世界レシピの正しい使い方だと、僕は確信している。
今だけは、僕の目的を阻む魔王を殺すために、この力を磨くことを優先する。
身体が壊れてしまってもいい。
未来の僕が弱くなったっていい。
強さのピークが魔王討伐に一致すればいい。
全ては愛のために。
刀を強く握る。左腕から魔素が奔流となって刀に流れる。
まだ足りない。
愛の竜王ミスティ、君の力はこんなものじゃないだろう。
僕の愛を、邪魔する奴がいるんだ。
ミスティ聞いてくれ。僕のレシピは君を愛する夢になる。
刹那の愛じゃない。未来永劫、人類が滅びるその時まで、続くほどの最高のレシピを残すから。僕の人生全てを、情熱を、レシピに捧げると誓うから。僕が死んでも、君たちを笑顔にさせる、君たちに愛を届ける最高にしあわせな料理のレシピを残すから。
だから、俺に君の本当の力を貸してくれ。
左腕が震える。右目が熱い。刀にまとう魔素が輝いた。
夜の地の底に、天の星に負けないくらいの光が輝いていく。
過去最高に、刀に濃密な水の魔素が集まっているのを感じる。
一振り。閃光が天に上る。
一帯の魔物が消滅した。魔物の魔素が僕の身体に集まってくる。
駆け抜ける。
刀を振るう。
繰り返す。
全ての魔物を殺していく。魔物の魔素を奪っていく。
今日の魔王討伐のレシピは異世界のものじゃない。ミスティのレシピ『怨念』。僕自身を媒介に魔物達の魔素を育てる。
それが強さに変わる。
魔素を集め続ければ、いつか身体は壊れるだろう。
だけど本当に壊れるまでは強くなれる。周辺一帯の魔物を狩って狩って狩りつくす。
魔王を殺す、呪いを育てるために。




