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第85話 魔王討伐のレシピ③


 やさしさを感じるあたたかさ。頭を撫でられる感覚が心地よい。

 エルが意識を覚醒させると、膝枕をされていた。


「起きたでごぜぇーますか?」


 赤い髪に眠たそうな瞳の竜、リッタが覗き込んでいた。

 あわてて飛び起きる。


「急に倒れるからびっくりしたでごぜぇーます。でも風邪とかじゃねぇーみてぇーだったので、安心しやがりました。ちゃんと寝なきゃだめでごぜぇーますよ」


 座ったままこちらを見上げていた。眠そうだけど、慈愛に満ちた瞳に思える。

 

「ごめんなさい」


 日中は料理、夜はレシピの素材集めという生活を送っていた。

 気付け薬を飲んではいたが、連日の睡眠不足に身体が休息を求めていたようだ。

 どうやら寝てしまっていたらしい。

 リッタが小首を傾げた。心底不思議というように。


「何で謝るでごぜぇーますか? エルは何も悪いことしてねぇーです」

「……今から皆のご飯、作ります」


 カナリスを潰した責任があった。だからやるべきことをやらなければならない。

 リッタは、ゆったりとした笑みを浮かべて頷いた。けど。


「あの、リッタさん離してください。皆のご飯作らなきゃ」


 白い手に、がっちりと腕を掴まれていた。力を込めて引き抜こうとするが大きな岩のように、動く気配がない。それどころか引き寄せられる。強引なのに、やさしい手つきだった。

 そのまま太ももの上に頭を乗せてくれる。日向のやさしい匂いがした。

 壊れ物を扱う手つきで、髪を撫でられる。


「えらいえらい」


 なぜか、リッタにいつも褒められ甘やかされていた。それがなぜなのかは分からない。

 人に興味がなさそうなのに、人のことをよく見ている不思議な人だった。誰かの異変に最初に気づくのはいつもこの人で。例えば病気の子供、例えば迷子の子供。そういった子を見つけるのもこの人だった。いつの間にか、カナリスの孤児院に居座って。でも、みんなからすぐに受け入れられていた。


 ミスティに聞いた彼女の運命は悲しいもので。

 誰かのせいにするわけでもなく、誰かに八つ当たりするわけでもなく、淡々とそれを受け入れ、人にやさしくする。

 諦めた瞳で、慈愛に満ちた視線を皆に向けている。

 そんな不思議な人。


「リッタさんはいつも褒めてくれる」

「いつもじゃねぇーです。頑張ってる子にしか褒めねぇ―ですよ」


「……」

「もう少し寝ていやがれですよ。頑張っているのに、悪いことしてねぇーのに謝った罰でごぜぇーます」

「でも、料理」

「身体が休息を求めているでごぜぇーます。騙されたと思って、一度目を閉じてみやがれです」

「……うん」


 その後、寝過ごしてしまった。

 晩御飯は皆の協力を得ることになった。

 皆で庭で火を焚き、焼いて食べるだけの形式。

 わいわいとした雰囲気で自由に食べる。幼い子は特に新鮮で楽しかったようで、不満が出ることはなかった。

 

 リッタは幼い子供たちに紛れて、うめぇーです、ときちんと椅子に座って料理を楽しんでいた。


……。


 ケイと別れてから数か月が経っていた。デュークは喧嘩相手がいなくなり、覇気がなくなっているように思う。けれど、彼を強くするため、リッタが率先して外に連れ出しているようだった。

 難易度の高い魔物を狩って帰ってくることが多かった。


 次の魔王討伐のレシピの素材集めは『エリクサー』、『自己治癒薬』が主だ。

 南の森、世界樹と呼ばれている大木の近くで狩りをするつもりだった。

 今回は遠出になる。三日~七日間は覚悟していた。


 いつものように、気付け薬を飲んで皆が寝静まった頃、外に向かおうとした。


「どこ行くでごぜぇーますか?」


 夜早く寝て、遅く起きる傾向のあるリッタが今日は起きていた。

 カナリスの孤児院の屋根の上で風を感じていたようだ。

 待ち伏せされていたのかもしれない。彼女は屋根から、体重を感じさせない動きで飛び降りる。スタスタと近くまで歩いてきた。


「散歩」

「朝になるまで帰ってこねぇーのは散歩とは言わねぇ―んですよ。夜のエルは悪い子でごぜぇーますね。嘘は許さねぇ―です。どこ行くですか?」


「世界樹のふもと」

「……数日はかかるでごぜぇーますよ。急にいなくなったら皆心配するです」

「ししょ……水無月さんに言ってあります」

「あいつは人間じゃねぇーです」


 酷い言われようだった。リッタの足に発情しているから仕方ないのかもしれない。

 リッタがぼーと見つめてくる。

 彼女の前でスライムを変化させるのはミスティに禁止されていた。仕方がない。今日は別のレシピの素材を集めるか、と算段していた時のことだ。

 リッタがにこっと笑った。


「……仕方ねぇーです。今日は特別でごぜぇーますよ」


 リッタに手を引かれて丘に行くと、彼女は竜化した。その大きな手でつかまれる。高速で南の方角へ飛び始めた。景色を置いていくほど速いのに、空気の抵抗を感じず、快適だった。

 おそらく、空気の風を作り、風圧を逃がしてくれているのだろう、そう思った。


 あっという間に世界樹が見えてくる。大きな山ほどもある、巨大な木。

 薬草を採取しながら、そのふもと付近にいる、人を誘惑する植物型の精霊アルラウネを狩るつもりだった。中級の魔物。薬を飲めば楽な相手。だが、リッタの前で薬を飲むことに抵抗を感じた。

 

 リッタは勘が鋭い。薬を良くない物だと気付いてしまう恐れがある。いや気づいているからこうして待ち伏せしていたのだろう。そして彼女が止めるのを振り切る意志を持つのは、なぜか難しいようにも思った。


 彼女のやさしい言葉は重い。

 厳しい言葉で命令されるより、理不尽なルールで縛られるより、重い縛りに思えるから不思議だった。

 ミスティからリッタの過去を聞いているということも理由の一つだし、何より、いつも心配してくれるからかもしれない。心配を裏切ることには慣れていなかったから。


……。


 アルラウネを狩るのは簡単だった。危険な攻撃は全てリッタが防いでくれたから。隙を狙って、切り伏せるだけの簡単な戦いだった。

 スライム達がリッタに隠れて、狩ったアウラウネを回収している。

 彼女も特にそれを気にすることはなく、安心した。スライムは世界の掃除屋だからかもしれない。魔物の死骸が転がって呪い化しないのは、世界中至る所に現れるスライムのおかげだ。


 薬草を回収していると声をかけられた。


「エルは魔法を扱う才能があるでごぜぇーますね。『気』と『魔素』とを組み合わせるのは難しい芸当なのに。達人と呼ばれる修練の先に、人が得られる芸当だと認識していたんですがね」

「初めて言われました」


「そうでごぜぇーますか。みな、見る目ねぇーですね」

「デュークやケイの才能を間近に感じているからかも」


 ぼんやりと見つめられる。何を考えているかわからない。


「エルは強くなりてぇーでごぜぇーますか?」

「うん」


「いい所連れて行ってやるですよ」


 そう言うとリッタは竜化した。掴まれ、空を飛ぶ。

 世界樹の大木の頂上付近、人が数人座れる木の枝に乗せられる。

 そして自身も人化し隣に座る。


 世界樹は雲に届きそうなほど高かった。真っ暗な世界を見渡すことができるほどに。

 星々が手が届きそうなほど近くに見えた。

 ヴァルハイム近郊の死が身近にある現実や、これから世界に魔王が現れるとは到底思えない、尊い世界が眼前に続いている。


 リッタが大木の上で、目をつぶり、気持ちよさそうに風を感じていた。

 真似をして風を感じてみた。秋の夜風は冷たくて、戦闘で熱を持った身体には心地よかった。


「法具精製」


 複雑で緻密な魔法陣が宙に描かれた。

 その陣から一振りの槍が生まれる。


「贋作『邪神殺しの槍グングニル』、爆ぜろ」


 その槍はぎゅるぎゅると高速に回転し、星へ向かって飛び立った。

 その勢いの風圧で、周囲の葉が舞い上がる。


「すごい」

「すごくねぇーです。こんなもの、ただ何かを壊すためのものでしかないのでごぜぇーますよ」


 リッタは心の底からそう思っているように、つまらなそうに槍の飛んだ先を見ている。


「こんな魔法より、エルにはもっと素敵な才能があるでごぜぇーます。人を笑顔にする、あたしらにはない、人間だけが持つ特別な才能」

「……?」


 リッタがくすくすと笑う。

 自分だけが見つけた宝物を自慢する子供のような、屈託のない笑い方だった。


「料理を作ってる時の、提供した時の、周りの人の顔をもっとよく見て欲しいでごぜぇーます。強さや名誉じゃ手に入らねぇーものもあるじゃねぇーですか」


 彼女が何を伝えたいか、何となく分かってしまった。


「エルの料理をみんな心待ちにしてるでごぜぇーますよ。――だから、変な薬飲むのは、やめた方がいいでごぜぇーます。エルの身体の中の魔素が、エルを壊しているように、あたしには見えてしまうんです。何かあれば、孤児院の皆もかなしむでごぜぇーますよ」


 最後にリッタはえらいえらいと撫でてくれた。


「褒めるのか注意するのかどっちなの?」

「どっちもでごぜぇーます。世の中、善悪の判断は簡単じゃねぇーです。誰かの為に悪いことをするのも人間のやさしさでごぜぇーますから。エルもきっと誰かのために、頑張ってるから。だからえらいえらいでごぜぇーます」


 この人が死ぬだけの物語は許せないと思ってしまった。

 ミスティの言う通り、リッタが犠牲になる前に、魔王は生まれたその瞬間に殺さなければならない、そう、強く思った。 

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