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第83話 魔王討伐のレシピ②


 西の砂漠、夜の魔物が支配する時間。

 暗い夜の底に赤と水の魔素が疾走していた。その道にトロールの血が舞っていく。


 初夏の砂漠の夜は意外にもひんやりとしている。その土の上をトロールの生暖かい血が染めあげていった。


 剣閃。あらあらしい赤い剣筋と静かな青い剣筋。

 その軌跡の後には、トロールの叫び声が続いていく。

 魔物の慟哭(どうこく)の間隙を、二人の少年の息を合わせる声が響いていた。

 

 トロールがエルを狙えばケイが邪魔をし、二人を相手どれば瞬殺される。

 腕が飛び、首が刈られる。


 トロールは自分たちこそが砂漠の中では覇者であると自負していた。

 協力すればどんな魔物にも冒険者にも負けない。


 だが、たった二人の少年の前になす術もなく、仲間が散っていった。

 なぜ。最初は理解できずに、いつも通りに協力して敵を排除しようとした。

 しかし、結果は死体の山ができるだけ。


 そして最も信じたくなかった事態が起きた。

 仲間の逃走だ。


 自分たちは仲間思いだと思っていた。

 仲間がやられれば、他の仲間が立ち上がり、皆で協力し、どんな敵をも打倒してきたから。


 だが、どうだ。

 仲間が死の山を築いているというのに、他の仲間が背を向けて逃走を始めていた。

 逃げる仲間の足にしがみつく。なぜ自分だけ助かろうとする。いつも一緒に戦ってきたじゃないか。共に弱者を踏みにじってきたじゃないか。もう一度立ち向かおう。きっと力を合わせればどんな敵だって……。


 そんな混乱が波紋のように広がった頃。彼らのボス、黒角のトロールが吠えた。

 仲間の中でも最強。天敵ミノタウロスだって倒して見せた、黒角のトロール。彼が吠えたことで、仲間は逃げ腰をやめた。


 そうだ。俺達には最強の兄貴分がいる。

 協力すれば負けない。俺達こそ砂漠の覇者。

 俺達に歯向かう敵は完膚なきまでに潰せ。


 潰せ。潰せ潰せ潰せ。


 勇猛を誇示するために皆が叫んだ。

 再び少年たちに雄叫びをあげて襲い掛かろうとした――。


 だが、それは悲鳴に変わる。


 黒い髪の小さな悪魔が、無表情で、静かに、黒角のトロールの首を刎ね飛ばしたから。


 時が止まったかのような、一瞬の出来事だった。

 赤い髪の悪魔が火柱を打ち上げたせいで気をとられた。その次の瞬間には、黒角のトロールの首が飛んでいた。

 

 砂漠の砂の上に、最強を誇示していた、黒角が刺さっている。


 悲鳴。仲間の悲鳴を聞いたのは初めてだった。

 勝てるわけがない。

 逃げよう。逃げなきゃ。そうしなきゃ死ぬ。


 だが逃げてもダメだった。一人また一人と背中を見せる仲間が死んでいく。

 あぁ。駄目だ。逃げても無駄だ。彼らの視界に入ったその時から、我らは、最後まで戦うべきだった。人には体力がある。油断がある。戦えば、万に一つの奇跡という可能性があったのに。


……。


 魔力増強剤と身体強化剤、ミスティが作った液体をスライムに飲ませると羽が生えた。羽には魔力が宿っており、空を飛ぶことが出来る。


 本日のレシピはスライムを強化するためのもの。

 その素材集め。


 『スライム強化薬』

 『スライム変化薬』

 『スライム回復薬』


 羽の生えたスライムに活躍してもらわなければならない。

 これらの素材を集めるために、今日は西の砂漠まで狩に行く必要があったから。


 空を飛べるスライム。性能としてはすごいし、ミスティのスライムは本当に便利だと感じたが、スライムの可愛さが台無しになっていてエルは少し悲しかった。


 夜、一人で孤児院を抜け出そうとしたエルをケイが待っていた。


「今日はどこへ行くんだ」

「西の砂漠。ケイも一緒に行こう」


 ケイはいつものように、ギザギザの歯を覗かせて頷いた。

 昔とは違う。最近はケイも外に出ようとする。カナリスの洗脳が解けているから。

 闇に紛れて、スライムに運んでもらい、西の砂漠に向かう。


 砂漠はトロールで溢れていた。

 トロール達の行進の軍歌が夜空に響いている。

 彼らは上空には意識を向けていないようで、地上の覇者のように堂々と闊歩していた。


 トロール、中級の魔物。しかし、集団となると上級の魔物に匹敵する危険な奴らだ。

 昔であれば戦えば死から逃れられない存在であった。


 彼らには亜種が存在する。黒角、赤角、青角、それらのトロールなどは上級の魔物と同等なので注意が必要。

 冥府の騎士に比べたら、ずっと格下になるが。


 西の砂漠。彼らの上空。エルは魔力増強剤、身体強化剤をガリガリと食べた。副作用が強すぎるため、食べすぎると意識を失ってしまう。だが、何度も意識を失くすことで、ギリギリの摂取量を理解していた。


 ケイがうずうずしているのを見て、エルは笑った。

 基本的にケイは戦闘狂だ。そして、初めて見る夜の砂漠も、空の上も彼にはきっと新鮮で、楽しいにちがいない。


 世界は自分たちがちっぽけに感じられるほど、広いから。

 そして、カナリスはケイには狭すぎる。

 エルはずっとそう思っている。


 だから。

 派手に、外の世界を彼と楽しもうと思った。

 ケイは強いから。彼と楽しむためには強くなる必要がある。そのために限界まで薬を摂取したのだ。


「ケイ。これが外の世界」


 エルがスライムに合図すると、上空から降り立った。

 そのままトロールの呑気な脳天に飛び降り一閃。まず一匹。そのまま駆け抜け、下から上に袈裟(けさ)斬り。

 二匹目。連撃で三匹、四匹……。死体の山を築いていく。


 ケイが吠えた。

 俺の獲物と言わんばかりに。ずるいぞと言っているようだった。

 エルには歓喜の雄たけびに聞こえた。


 そこからは砂漠の上を彼と駆け抜けた。

 物心ついたばかりの幼い時のように。本気で彼とかけっこをした。

 昔と違うのは命をかけて剣を振るっていること。死の気配を間近に感じるということ。


 トロールの胴から四肢が離れ飛ぶ。生暖かい血を浴びて身体が震える。

 本当の自分は怖がっているのかもしれない。薬を飲み過ぎて、自分の感情がわからないけど。多分昔の自分は、泣き虫で、戦いや争いが嫌いだったから。


 トロールの血が舞う。

 血の匂いと悲鳴が満ちていく。


 でも、あまりにケイがうれしそうにするから、少し楽しく感じてしまう。


 ケイの派手な攻撃の隙に、横取りのように黒角のトロールを仕留めた時は本気で怒られた。


「本気の遊びだから仕方がないよ」

「まぁな」


 ケイはちょっとムッとしていて、でも嬉しそうだった。


 オークの死の山が砂漠にできていた。

 死骸はスライム達が飲み込んでくれる手はずになっている。


……。


 戦闘を終え、スライムが素材を回収している姿を二人で眺めていた。

 砂漠の空には月と星々が、有名な画家が一生をかけて描いたような光景みたいに広がっていた。

 静かで、うつくし過ぎて、世界の広さを感じてしまう。

 オークの血を浴びたケイがじっと空を眺めている。


「あの聖女の塔は何だったんだ?」

「フィーは憑りつかれていた。王妃に首を切られた聖女に。あの黒い騎士はその聖女の愛した人」


「……で、今は何をやろうとしてんだ?」

「魔王討伐のレシピの素材集め。魔王を殺すため」


「魔王……? あの吟遊詩人がよく歌っているやつか? 世界を滅ぼす魔王?」

「うん。もうすぐ魔王がこの都市に生まれる。魔王は嫉妬の混沌から生まれるから。王妃が怪しい。そして竜が目覚めると、その日は近い。デュークが契約した、リッタさん。ここが戦禍になる。だから強くならないと」


「魔王になる前に王妃を狩ればいいじゃねぇか」

 非常識で合理的なケイの言葉にエルは笑った。自分も同じことをミスティに尋ねたから。

「そしたらまた別の嫉妬にまみれた人間から魔王が生まれる。そういうもの」


「どこ情報だよ」

「聖女の塔の時と一緒。水と呪いの竜王、ミスティさんから教えてもらった」


「……エルも契約したのか?」

 ケイがつまらなさそうにしている。

「ううん」

「そうか。でもエルは強く……」

「薬のおかげ」


 エルが薬の入った袋をケイに渡した。赤と紫の粒が入っている。


「赤が身体強化。紫が魔力強化。副作用あるからどうしようもない時だけ。約束して」

「……いらねぇよ、エルが持ってろよ。ピンチになったらその時エルが渡せばいい」


「受け取って。ここでお別れだ。西に火と武の竜王がいる。彼と契約するか、その竜を倒すくらい強くなって」

「何言ってんだ。俺はカナリスに」

「ケイは弱いから。今のままじゃ死ぬ」

「あ?」

 

 胸ぐらを掴もうとする手を払い、バランスを崩したケイの懐に飛び込み、砂漠の上に投げた。

 不意打ちの投げ。

 きっと痛みはない。


 昔とは逆に、ケイが仰向けで空を見上げている。


「……くそ。俺だって気づいてるよ。今はエルの方が強い」


 ケイは気づいていない。本当はもっともっと強くなれる。そうエルは信じている。


「これ。どうしても死にそうになったら、飲んで」

「……」

 薬を渡した。


「ケイにはカナリスは狭過ぎるから」

「……」

「きっとケイも気づいている。外の広さに。感じてるはず。ケイには外の世界が丁度いい。もう実感してるはずだから」


「エルも、来いよ」

 ケイのその言葉は意外な一言だった。

「……え?」


「俺と二人で外に行こうぜ。強くなって。そしてから魔王を倒せばいい」

「ごめん。ケイ。すごくうれしい。けど、僕は悲しい物語を知ってしまったから。そして僕だからこそ描ける物語を思いついたから。その結末を実現したい」


 ケイが笑った。


「……冗談だ。エルには血は似合わねぇ。楽しそうに料理を作ってるのが一番似合っているよ」

「……」


 すぐ戻る。竜王ぶん殴ってくるわ。そう言って、立ち上がり、エルの頭に軽く拳をぶつけて、スライムを肩に載せたまま、ケイは夜の砂漠に消えていった。

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