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第83話 聖女の塔④


 冥府の騎士となってしまった、花屋の男性が大剣を携え部屋の中央にいた。


 追いかけてきた女の亡霊達は部屋に入ってこない。


 聖女の塔という神聖な場所から、邪魔者を排除したがるように、今か今かと、植物の腕が壁から(うごめい)ていた。


「やべぇだろ。こいつはシャレになんねぇ」

 ケイは笑い、武者震いをしている。


「彼の仮面を。彼に花の愛し方を」


 光のもやがフィーを包み、うわごとのようにつぶやいていた。その瞳は赤くなっている。


「……ケイ、多分殺されはしない。何とか仮面を剥ごう」

「本当かぁ……? 殺気がえぐいしよぉ。あの植物の腕がギャンギャンに狙っているようにオレには見えるんだが」


「うん。僕にもそう見える。多分だから、必死に逃げよう。フィー以外は運が良くて半殺しくらいに考えて」

「やっぱお前は大馬鹿野郎だ……エルッ!」


 植物の腕が四方八方から襲い来る。

 音を置き去りにするような速度でうなりをあげていた。

 ケイとエルが二手に走る。先ほどいた床は腕で穴が穿(うが)っていた。


「やばすぎて笑いが止まらねぇぜ!」

 宙を舞う花びらを巻き込みながら、二人は疾走する。


「スライム!」

 エルが走りながら叫んだ。


 きゅるるぅ。


 スライムが亜空間から中空に白い錠剤を出す。それをエルが犬のように口に含んだ。ガリガリボリボリと嚙み砕き、嚥下(えんげ)し、さらに動きを加速させた。

 元々とんでもない速さだったというのに。

 背負われているフィーの重さを、感じさせない動きで疾走する。


 エルとフィーを襲う植物の腕より、ケイを襲う腕の方が明らかに多かった。


 ケイが獣のように縦横無尽に規則性のない動きで攻撃を避け続けていた。

 逃げきれなかった分は剣で切り伏せ、それでもだめならかみちぎる。

 だが……やがて攻撃がかすり始め、追い詰められ、植物の腕にケイが捕まり、そして投げ捨てられた。立ち上がろうとしたところ、腹部に植物の腕が刺さる。


 吐血しながらも、転がるように逃げた。


「くそっ。舐めやがって。どうせやるなら殺す気でこいよ。くそっくそっ!」


 殺すつもりがないような、試すような攻撃が続いていた。

 ケイは明らかな実力差に嘆くより、冥府の騎士ヴォルド自身が戦闘に参加すらしていないことに(いきどお)っているようだった。


「ぜってぇそのくそったれな仮面はぎ取ってやるから、なぁ!」

 

 ケイが逃げることを止めて、一転、ヴォルド自身に攻勢をかけ始めた。


 一方でエルへの攻撃は違和感が続いていた。

 植物の腕が狙うのはエルの足ばかり。明らかにフィーを狙っていない攻撃。

 いや正確には、彼女と真っ赤な花を捕まえようとする、異質な腕が追いかけてきていた。


「うん。やっぱりそうだよね」


 花を彼に、とうわごとを呟き続けるフィーを降ろした。

 

 彼女の前で素早くスライムから刀を取り出し、抜刀。水色の魔素を振りまきながら、刀の演舞で迫りくる植物の腕を切り伏せていく。


「聖女を守るのは冥府の騎士じゃない。僕たち生者だ」


 わざと騎士を煽るようにエルが声を出した。守るのが自分で、奪うのは悪鬼のあなた。そう、挑発するように、フィーに迫る植物の腕を切り落としてみせる。


 冥府の騎士、ヴォルドがうめき声を漏らした。

 

「……ぎ、ぎぃ、あ」

「聖女リディアはもういないよ。王妃に首を落とされた」


 その一言に、騎士が一歩エルに近づいた。


「悪鬼のあなたに、僕たちの聖女は、指一本触れさせない」


 エルに疲労の色はなく、息も上がっていないが、尋常ではない汗をかいていた。

 自身の身体能力以上を引き出す薬の影響だ。さらにスライムが出した錠剤を飲んでいく。

 悪鬼たちの攻撃に対抗するために。


 挑発を続けていった。迫りくる植物の腕が、一本、また一本と増えていく。

 やがてその数は20本を超え、一斉にエルの方へと向かってきた。


 抜刀術。

 エルの周囲に水の魔素が漂っていく。

 間合いを征す剣技。絶対不可侵の後の先を狙う剣の結界。


 唸りをあげて迫り来る全ての腕を切り落としてみせた。


「本当に欲しければ、偽物の腕ではなく、あんた自身の手で花と聖女を取り返してみせろ。花の愛し方も忘れてしまったの?」

「が、が、があああ!」

 

 怒涛の植物の腕。そのすべてを切り伏せていく。エルの剣筋が加速していく。一振りで複数の腕を切り裂き、二振り目でさらに切り落とす。


 騎士が叫ぶ。


 ケイを襲っていた、その腕すらエルへと向かってきた。エルが顔中を汗だらけにし、植物の腕を切り伏せながら、うれしそうに笑った。


「ケイを舐めると痛いめみるよ。カナリスきっての天才だから」


 赤い軌跡が花の舞う空間を走った。赤髪のケイが疾走する道に花が舞う。

 一瞬でヴォルドに肉薄。ヴォルドの打ち下ろしの剣を超速反応で避ける。


「面、見せろや!」


 下から切り上げる、火柱のような剣筋。

 ヴォルドの仮面をはぎ取る一閃。

 

 仮面の奥に現れたのは、誠実な瞳の男だった。

 植物の腕が全て止まった。


「ぎ、ぎぃ、あ」

「聖女リディアは悪鬼のヴォルドさんを望んでないよ。彼女が望んでいるのは——」


 ヴォルドが自身の手を伸ばした。


 フィーがふらふらとヴォルドの元へと歩いていく。真っ赤な花を一輪、両手で持ちながら。その花を彼の大きな手に乗せる。


『花に、話すと、きれいに……』


 光のもやがフィーから離れ、ヴォルドを抱きしめるようにつつんだ。

 エルには光の聖女が騎士を祝福しているように見えた。


……。

 

 花と闇の間から水色髪の修道服の女性と水無月が現れた。女性の傍に大きいスライムがいる。

 

 意識を失い倒れているフィーをケイに預けた。


「ごめん。ケイ、先にフィーを連れて帰ってくれる」

「……後で、ちゃんと説明しろよ。色々とな」

「うん」


 水無月がエルに近づき頭を撫でた。


「強くなったなぁ、エル」

「うん。薬のおかげ」


 エルの顔からは汗が噴き出ている。身体強化薬と魔力強化薬の副作用。

 筋肉の繊維が千切れているのを感じていた。動くたび全身に痛みが走る。


 部屋の中央で光のもや……リディアがヴォルドを抱きしめていた。

 ヴォルドは既に浄化されかけ、半透明になっている。


「ティア――ミスティ、さん……これで良かったの?」

「えぇ。これが最良の展開。エルさん、よく頑張りました。リディアはヴォルドを浄化する。恨みを全て忘れて、天に帰る。めだたしめでたし……でもね、私の望む展開は別の愛」


 修道服の女性が、ベールを取る。

 水色の髪に二つの角が生えていた。その瞳は宇宙が煌めく魔眼。

 リッタが孤児院で探していた女性。そしてエルの命の恩人。

 エルに聖女リディアとヴォルドの情報を教えていた人物でもある。


 ミスティが、ヴォルドに近づく。


「復讐に、興味はありませんか?」


 けれど、彼女が話しかけた相手は彼ではなかった。光のもやに向かって、リディアに向かって、絡みつくような声を出す。


「ねぇ、リディアさん。復讐も愛のカタチなんですよ。ヴォルドさんが示したように、あなたも、ヴォルドさんの敵討ち、するべきじゃありませんか?」


 光のもやが拒否するように、光を増した。

 さらにミスティが続ける。


「不幸になったのは彼だけではない。あなたを慕っていた侍女もなんです。あなたの大切な人達を苦しめ続けた人間が、今も、のうのうと暮らしている。そして今もなお、不幸を振りまいている」


 光のもやが揺れ動く。


「――ねぇ、知ってる? 聖女さん」


 ミスティの真っ赤な唇が、呪いを告げた。


「王妃に反逆した、ヴォルドさんの家族のその後の物語……あのね、一族皆――」


 その瞬間、光のもやが赤黒く染めあがり瘴気(しょうき)となった。

 ミスティが慈愛の笑みを浮かべた。


「私、きれいな話だけが救いだとは思っていないの。復讐。それもまた愛。復讐が世界にしあわせをもたらす物語だってあるのよ。私は確信しています。あなたたちの物語(ぎせい)が世界を救う。後悔はさせないわ。私と一緒に来て下さらない?」


 赤黒く染まった瘴気が、消えかけていた冥府の騎士ヴォルドを抱きしめる。冥府の騎士が前にも増して憎悪の力を取り戻すのを感じた。

 

 ミスティの傍らのスライムが包み込むように彼らを飲み込んでいく。

 スライムは赤黒くなっていった。


 エルがミスティを見上げる。


「これで、本当に良かったの?」


 ミスティが聖女の塔の窓から外を見た。その視線の先に王妃の住む城がある。

 彼女は世界を包むように手を拡げ歌うように言った。


「だって、こんなの悲しいじゃない。何の罪もない二人が消えるだけの話。悲しい物語が悲しいだけの話なんて。彼女たちの望むのは愛の物語でしょ? だから私が呪ってあげる。それが――」


 ミスティがエルを抱きしめた。


「私の、使命だから」


 呪いを告げるミスティの声が、エルの心の奥に沈んでいく。

 

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