表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
81/84

第82話 聖女の塔③


 聖女は美しかった。

 容姿だけではない。その清廉潔白な生き方に、塔の多くのものが見惚れていた。


 ただ寡黙に世界の平和を祈っていたから。


 その聖女は自由な時間に花を育てている人だった。

 送られてきた花に毎日毎日、目一杯の愛を注いでいる。

 花にやさしい声で語りかけている、その横顔が侍女たちの心を奪っていった。


「どうしてリディア様は頑張れるのですか? 寡黙で。いつも笑顔で、つらくはないんですか?」


 聖女は少し悩んで、微笑んだ。


「やさしい人に教わりました。花は語り掛けると、きれいに咲くんです。……だから、私も世界に向かって平和を祈ってみることにしました。祈っていたら、いつか、彼がしあわせになってくれるかなって。そうなったらうれしいなって。本当にそれだけ」


 質問には答えていなかったけれど、侍女は納得した。

 ただの恋する少女にしか見えなかったから。


 その健気な姿に、崇拝する者が塔に増えていく。

 身近で接していたからこそ、より魅力的に思えた。


 しかし聖女の魅力は市民に伝わりきっていなかった。理不尽な理由で王妃に聖女の首が刈られても、市民は立ち上がらなかった。結界で守られているのが当たり前だと思っていたし、聖女を遣わす教会に多くの税を取られていたから。


 ヴァルハイム王は上手くやった。

 王妃の気狂いをきっかけに、金銭を奪っていく教会を排除し、密かに構築していた非人道的な防衛体制により都市を守り、税の負担を軽くし都市を豊かにした。

 一部を犠牲にして、多くの市民の支持を得た。


 だから聖女の首を刈られても、小さな反乱だけで済んだ。

 

 だが一部の憎悪は激しかった。

 侍女たちは王妃を批判し捕縛された。

 残った塔の侍女たちの助力を得て、単身、王妃の首を刈ろうとする男がいた。


 王妃、シルヴィア・メディチ・ヴァルハイムの首だけを狙う者が。


 大きな体、甲冑(かっちゅう)を身に着けた、花屋の元傭兵。

 黒い甲冑は血で真っ赤に染まっていった。


 全身に矢が刺さっても止まらない。

 火の魔法で全身をあぶられても、水で足をすくわれても、風で切り刻まれても、土で骨を砕かれても、大男は止まらなかった。

 寡黙だった男は獣のように叫び続けていた。

 その悪鬼に軍人たちは震えあがった。


 だが男も人間だった。あふれ出る血液の量に比例して、やがて動きが止まってしまう。

 悲しい現実だ。

 だが、魂だけは今もなお、無念に縛られ、高い塔から王妃を呪っている。


 増長し欲望のまま過激化する王妃を、塔の上から恨んでいる。


……。


「フィー!」

「エ?」


 また意識が飛んでいた。エルに抱えられている。

 塔を上階に向かって駆けあがっていた。

 後ろからは女の亡霊たちが追いかけてきている。

 初夏の夜とは思えないほどの寒さを感じた。

 ケイが叫んだ。


「理由を教えろ! フィーフィー!」

「エ? エ? ナ、何ガ⁉」

 

 理由。何のことか分からない。いろんな感情や情報が入ってきて、頭がおかしくなりそうだ。


「ちっ!」


 ケイが急停止し、亡霊に向き直り、剣を構える。


「駄目だ! ケイ! きっと理由がある! フィーが攻撃するなと言った理由が!」

「クソっ――がぁ!」


 ケイが体勢を低くし、亡霊の黒い波動の攻撃を避けた。

 そのまま器用に避け続けて、エルに再び並走する。


「このままじゃ上階で追い詰められるぞ! このやばさ、分かってんのか! 敵が増えていく! そして最後は塔の頂上! 行き止まりだ!」


 確かに、後ろから追いかけてくる亡霊の数は増えていた。

 そして上階に近づくにつれ、その亡霊の種類も増えていく。

 今の私たちは、罠に自ら飛び込む行為に思える。

 けれどこれが私の望みであるとも感じていた。


 エルの背中にぎゅっとつかまった。口が勝手に動く。


「この先に()がいる」

「うん」


 ぐん、とエルが加速する。

 もしかしたらエルは私が知らない事実を知っているのかもしれない。


「彼ってなんだ! わけわからねぇ!」

「亡霊になった理由があるはず! 無念がなければ、この塔に囚われない!」


「何の話だぁ⁉ 大体どこ情報だそれぇ⁉」

「それは秘密」


「てめぇ! エル! もしオレが死んだら亡霊になって呪ってやるからな!」

「約束。ケイが傍で見守ってくれるなら安心」


「だぁ! くそ! 都合の良い方向に解釈すんな! 守護霊じゃねぇぞぉ!」


 ぎゃあぎゃあと二人は言い合いながらも器用に、亡霊の包囲網をかい潜っていた。

 ケイは分かる。昔から天賦の才があったから。

 でもエルはいつからこんなに凄くなったのだろう。しかも私を抱えたまま。


「部屋二つ! どっちだエル!?」


 左から花の香りがする。


「わからない、右行ってみよう」

()()()()


「ごめんケイ! 左だ! フィーを信じよう!」

「だあああぁ!! 適当言うなや! 馬鹿エル!」


 ケイが大剣で左の扉を破った。

 そのままの勢いでエルも扉の穴を潜り抜ける。


「……くそ……ぜってぇ外れだろ、こっちは」


 ケイが肩で息をし、剣を構え立ち尽くしている。


「いや、正解だよ。ケイ。こっちでいい。迷子の()を迎えに来た」


 ……部屋には花が溢れていた。濃密な花の香り。

 花びらが舞っている。

 塔の中の一室とは思えないほどの広い部屋。おそらく亜空間。


 美しい花びらが漂う空間とは裏腹に、壁には植物の肉壁。植物の体内にいるかのような感覚。

 花が舞う部屋の中央に、黒い甲冑を赤く染め上げた、大剣を携える大男がいた。 

 ヴォルド。名が頭の中に響く。私の心の中で聖女が泣いている。

 こんな彼を望んでなんていなかったから。


 エルがつぶやく。


「彼らの結界の中だ。まずは死ぬ気で逃げよう、ケイ」

「特級かぁっ!」


 噂には聞いたことがある。

 リッチなどが上級に近い中級の魔物。その上級よりも圧倒的な力を有する魔物は特殊な空間を操ると聞く。


 つまり、目の前の甲冑の怨霊は特級の魔物。


 冥府の騎士となってしまった、花屋の男性。


「冥府の騎士、ヴォルド……彼の仮面を取って」


 赤い花を握りしめたまま、私の口が勝手に動く。

 エルが頷いた。


「うん。花を愛でるのに甲冑はいらないって教えてやらなきゃだよね、()()()()様」


 エルはどこまで知っているのだろう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ