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第81話 聖女の塔②


 (フィーフィー視点)


 今日の夢はいつもと違った。


 石畳の商店街の通り。

 一輪の真っ赤な花を持って走っている。

 ()は心臓が飛び出てしまいそうなほど、喜んでいた。


 好きな人ができたから。


 好きな人は花屋の寡黙な男性だった。

 おっきな身体で太い腕とごつごつした節くれだった手、顔には大きな傷。

 いつも無表情。


 そんな彼が花にはよく話しかけていることを知った。

 きっかけはほんの偶然。


 その日、店で花を選ぶ私に気づかず、花に向かって、たくさんたくさん話しかけていたのだ。

 それがおかしくて思わず笑ってしまう。

 気付いた彼は真っ赤な顔で一言。


「いらっしゃいませ」 

「……素敵な花が咲く秘訣を知ってしまいました」


 彼は大きな傷の入った顔をこくりと縦にふった。

 恋とは不思議なものだ。たったそれだけ。そんな彼を好きになってしまった。


 物語のような特別があるわけでもなく、花を買いに行って、一言二言会話をする、そんなしあわせな日々が続いていた。


 そんな時、神様のいたずらか、私に聖女の才が現れた。

 髪が白くなっていくな。嫌だなぁーと思っていたのだけど、聖女適正の魔力がそうさせてるみたい。王都アルカディアの大使がやってきて教えてくれた。どうかこの都市ヴァルハイムに平和を、とか大層なことを言われた。


 私は頷いてみた。


 皆のために平和を守ろうとかそんな崇高な決意があったわけじゃないけれど、彼が花を育てている都市を守れるのなら、それは素敵なことなんじゃないかなって思ったから。


「私、聖女になるんです。この都市を守ってみようかなって思ってます」

「……」


 軽い口調で花屋の男性に伝えた。気持ち全部を伝えたら重くなる。けど、伝えずにはいられなかった。それくらい許して欲しいな。

 急に来なくなるのも変だしね。うん。


 それだけ伝えるはずだった。

 でも口が止まってくれなかった。


「でも私、心が弱いんです。頑張ったことなんて一度もないし、目標も何もないの。他人に誇れることなんて何もない。だから……たまにでいいので、思い出した時でいいので、花を、塔に送ってくれませんか?」


 やっぱりその日も、彼は大きな傷の入った顔をこくりと縦にふるだけで寡黙だった。今日くらい気の利いた言葉が欲しかったな。



 三日に一度の苦痛を伴う結界構築。

 終わった後は、精も根も尽きる脱力感が襲ってくる。


 でもうれしいこともあった。

 侍女に支えられながら部屋に戻ると、必ず花が出迎えてくれる。


 いい香り。やさしい香り。


 大好きな一輪の真っ赤な花を手に取る。


 訂正。気の利いた言葉なんていらない。


 小さな会話。短い会話。好きな花を、彼はずっと覚えてくれている。

 それがすごくすごく。すごくすごーく嬉しかった。


 だから私は願う。世界のしあわせを。

 やさしいあの人のしあわせを。


 花が似合う彼の、笑顔が見たいから。


……。


 やさしい声と、乱暴な声。それは落ち着く声で。


「フィー」

「フィーフィー! おい! いい加減起きやがれ!」


「……エ?」


 乱暴に揺さぶられていた。

 犬歯の赤毛のケイとぼんやりとした黒髪のエルが目の前にいる。

 ケイはかなり怒っていて、エルは心配そうだ。条件反射で謝る。


「ゴ、ゴメンナサイ」

「謝ることじゃないけど、変わった夢でも見てた?」

「ミ、見テナイヨ」


 直前まで見ていた夢を言い当てられた気がして、どきっとする。


「何か隠してんだろ⁉」

「カ、隠シテナイっ」


「フィー、ここがどこかわかる?」

「どこって……」


 カナリスの寝室で幼い子供たちと寝ていたから、カナリスに決まっていて。

 周囲を見ると驚く。


 湿った暑さを感じる初夏の夜。星たちが夜を覆っていた。つまり外で。

 首が痛いほど高く(そび)え立つ塔が、月明りにぼんやりと浮かび上がっていた。

 そしてなぜか私は真っ赤な花を持っていて。


 ケイが呆れたように言った。


「聖女の塔の前だ」

「何デ⁉」

「フィーフィーが一人で外に出るのを見かけたから、エルと追いかけた。そしたら花を探してうろつくわ、途中で苦しみだすわ、泣き始めるわ、で大変でよぉ。最後は聖女の塔の前だぜ。どうなってんだ」


 混乱する。寝ていたはずなのに。

 嫌な予感が実感に変わっていく。

 同時にどうして二人が夜更けに起きていたのかも気になった。


「とりあえず座って、靴履こう」


 エルに促されるまま座る。意識のない状態で、裸足で歩いていたことに気づく。

 怖いよりも、その状況がすごく恥ずかしかった。


「足の裏、傷付いちゃってるね。回復かけられる?」

「ウ、ウン」


 自分の足にヒールをかける。生活魔法でエルに足をきれいにされて、靴下と靴を履かされる。大事にされていると感じるけど、子供のように扱われていて、途中ですごく隠れてしまいたいと思ってしまう。


 ふいに冒険者に声をかけられた。

 女性と男性のパーティー。


「あなたたちも依頼をこなしに来たの?」

「……うん」


 エルが答えた。話を合わせただけだと分かった。


「その割には……軽装ね」

「あっちに道具置いてあります」

「そう。けど若い子だけで依頼をこなすには難易度高いわよ。何人も冒険者が行方不明になっているみたいだから。破格の報酬設定も気になるし。多分これ難易度偽ってそうね」


 女性たちが離れる。塔に入る最終準備に入っているようだった。


 夜の空に佇む塔を見上げる。


 エルとギルドに行った後、聖女の塔の依頼について調べていた。


 聖女不在となった塔は昼間、監視塔の一つとして使われていた。

 夜の聖女の塔は昔から閉じられている。怨霊が出るとされているから。夜も監視塔として使いたいという都市の要望で、長年ギルドに依頼が出されているようだ。


 重要施設であるというのに、軍の人々が解決に踏み切らないのは不思議でもある。


「難易度が高いからだろ。身内の損耗を嫌ってやがる腑抜(ふぬ)けだ」

「……もしかしたら何度か挑戦して撃退されているのかも」


 エルがつぶやいた。

 彼には皆に見えてないものが見えている節がある。感覚派のケイとは昔から馬が合うようで、ここぞという時にケイはエルに従順だ。二人が話し込んでいる。


「フィー」

「エ?」

 このタイミングで話しかけられるとは思わなかったので驚いてしまう。


「中、入りたい?」

 入りたくない。二人を危険にさらす行為は嫌だから。

「ウン、入リタイ……エ?」


 思っていたこととは違うことを口にしていた。

 祈るように真っ赤な花を両手で握っていた。


「フィーの目の色」

「あん? ……おいおい、どうなってんだ」


 二人が心配そうに覗き込む。


「ナ、ナニ?」

「綺麗な翡翠色の瞳が、今は赤色になってる。……ケイ」

「あぁ。何が原因かはわかんねぇーけど、塔がカギになってそうだな。……聖女の塔に入るか。今日はたまたま気づけたけどよ。皆が目を離した隙にフィーフィー一人で行っちまうのが一番やっかいだ」


 エルは頷き、やさしい顔で、私の手の中の真っ赤な花を見つめていた。




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