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第80話 聖女の塔①


 (フィーフィー視点)


 最近、首を切られる夢を見る。いつも同じ夢。同じ結末。


 聖女の塔。塔の最上階で最も広い部屋。

 その中央にある球体の中で、三日に一度の結界を構築していた。


 耳に痛いほどの静謐(せいひつ)な結界構築の部屋。

 そこに突如、闖入者(ちんにゅうしゃ)があらわれる。叫び声と悲鳴。金属音。争いや(いさか)いの音。何事だろうと思う間もなく、兵士たちが侵入してきた。

 ヴァルハイムの平和を願って結界構築中であるというのに、祈りの球体から引きずりだされる。

 自身の白く長い髪が揺れた。

 引きずり出された先では、多くの侍女たちが捕縛されていた。


 侍女が叫んでいる。

 こんなことをして正気なのか、と。

 叫ぶほど、強く捕縛されてしまう。それを止めようとするが、私の身体は動かない。結界の構築もすでに終盤で、ほぼ魔力を吸い取られた後だから。


『やめてください』


 精一杯の声を出す。その子たちは関係ないから。ただ、私に仕えてくれているだけ。懸命に声を出す。


 どうしてこうなったのだろう。

 いつものように世界のしあわせを祈っていただけなのに。


 服と髪を掴まれ、さらに引きずられた。頭を床に抑えつけられる。

 冷たい床。

 侍女たちの抵抗の声が強まった。


 金属を床に引きずる音が、振動となり、冷たい床を通して伝わってくる。

 目だけでその音の方向を見た。


 王族の剣を携えた王妃、シルヴィア・メディチ・ヴァルハイム。


 吊り上がった、怒りに燃えた瞳。歪んだ口元。細くうつくしい身体。きれいなドレスに装飾品。

 普段から吊り上がった瞳でじっと見られているのを感じていた。

 今は憎悪をむけられている。


 剣を引きずりながら近づいてくる。

 人工的な香料の匂いが近づく。

 何事かを叫びながら、王妃が剣を振り上げた。

 そして――。


……。


「大丈夫?」

「ア……ウン」


 エルがいつもの無表情で、けれど心配そうにこちらを見ていた。


 鍋でスープが煮え立つ音。やさしい料理の香り。下ごしらえした素材の数々。

 カナリスの厨房。

 椅子に座っていたら寝てしまったみたい。最近、夢見が悪くて眠れていないから。


 やさしい料理の香りに安心する。これが現実だ。さっきのはただの夢。

 あまりにも生々しいから勘違いしているだけで……何回も見ているだけで、ただの夢だから。大丈夫。

 首を触る。ちゃんと繋がっていた。汗をかいていたのか、少し濡れている。


「フィー、うなされていたよ。怖い夢でも見た?」

「ウウン。見テナイヨ」


 嘘をついた。心配させたくないから。

 エルは変な言動をするから分かり難いけど、本当はやさしい。それに気づいてからは、危機を感じた時、彼の傍に逃げるようにしていた。カナリスで何とか生き残れたのも、きっと彼のおかげ。


 でも、今回はエルに頼るべきではないと直観していた。

 ただの勘。でもあまりにも不吉過ぎるから。

 もし正夢なら、皆を巻き込んでしまう気がした。


「チョット暑カッタカラ。寝苦シカッタダケ」

「最近眠れてない――」

「エルちゃん! 手伝ウヨ!」


 遮るように、生活魔法で手を清潔にして、彼の料理の手伝いをすることにした。

 このままでは不安から全てを話してしまいそうな気がしたから。


 ただの夢なら心配をかけるだけだし、正夢なら巻き込んでしまう。

 話しても何も良いことはなかった。

 エルの料理を活力としている子たちが、カナリスには沢山いる。その手伝いをすることの方がよっぽど生産的だ。

 

 エルがじっと見ている気配を感じた。急に汗の匂いが気になりだす。

 少し距離をあけた。


「髪の色、白くなってきたね」

「エ?」


 あわてて髪を確認する。

 灰色だった髪の大部分が白くなってきていた。もともと灰色だから、言われるまで気付かなかった。気にしたこともなかったし、このカナリスでは生き残るのに必死で、そんな暇もなかったから。


「フィー、今日の買い出し手伝ってくれない?」

「……ウン」


 白い髪。

 鏡に映るのは、聖女の髪色と同じ、綺麗で珍しい色だった。


……。

 

 よく晴れたヴァルハイムの商店街。初夏を感じる日差しが少し暑かった。

 エルに渡された帽子を目深に被り直す。


 石畳の両脇に小さな露店と店が連なる通り。

 赤レンガ屋根の軒先からは青い帆布の日除けが大きく垂れ、ヴァルハイムの家紋を示す古い旗が等間隔で風に揺れていた。

 

 活気は少ないが、人々の往来がある。子供は楽しそうだし、大人は笑顔を浮かべていた。冒険者や傭兵が多く、時折行きかう軍人が、不穏ではあったが。

 そして女性たちは顔を隠している。

 数年前は皆顔を出していたような気がする。

 その様子には違和感があるが、郊外の防衛戦が嘘のような平和がそこにはあった。

 

 その中をエルはずんずん歩いていく。

 少し小走りに彼の背を追いかける。

 前を歩くエルの背中は日に日に大きくなっている気がした。二年くらい前は同じくらいの身長だったはず。男の子の成長を感じてしまう。

 

 二人きりというのを、どうしようもなく意識してしまっていた。


 それも全部あの子たちの仕業だと思う。


 商店街に向かうために簡単服に着替えていると、カナリスの幼い子たちが、デートデートと(はや)し立てるから。いつもの買い出しだ。でも言葉は呪いみたいなもので、ただの買い出しと自分に言い聞かせても、二人きりであることを意識してしまうのだ。


 エルは露店で立ち止まり、素材を見て、宙を凝視し固まるという行動を繰り返していた。気に入ったものがあると購入し、路地裏に入り、懐のスライムを取り出し飲みこませて保管する。


 彼の目的を達成するための、淡々とした行動が救いに思えた。

 普段と変わらないから安心できる。きっと少しでもデートみたいな雰囲気を出されたら困ってしまう。今の皆との関係性が好きだったから。それが崩れる気がした。


「疲れた?」

「ウウン。大丈夫。ネ、エルちゃん、冒険者ギルド寄ッテイイ?」

「うん。次の依頼どれにするか見るの?」

「ウン」


 カナリスの運営にはお金が必要だ。冒険者ギルドに高額の依頼があり、それをこなすことが今のカナリスの収入源。安全な依頼をとるために毎日でも確認したかった。

 慣れた依頼は大人やケイ、デューク達が無難にこなしてくるけど、難易度の高いモノは、ヒーラーが必要だった。


……。


 冒険者ギルドは王族や貴族たちの住む城壁の西門近くに構えている。

 ギルドの大扉の前に立つと、魔道具が反応し扉が自動で開く。

 重厚な床、吹き抜けのホール、天井には魔導灯が揺れ、ぼんやりと石柱を照らしていた。


 ヴァルハイムの冒険者ギルドはいつも活気がある。

 自分たちと同じくらいの年齢の子もいるし、60を超えているような老兵もいた。性別も種族も様々。共通点は冒険者ばかりであるということ。


 するすると人波をかき分けていくと、後ろからエルもちゃんとついて来ていた。

 安心する。


 目的の掲示板には多くの依頼が貼られていた。


『ワイバーン』

『オーク』

『オーガ』

『リッチ』

 

 郊外で猛威を振るっている中級の魔物の討伐が多く案件とされている。ギルドが冒険者に依頼することで、軍や孤児院の防衛の負担を減らす仕組み。


 依頼内容と金額をメモしていく。


「聖女の塔か」


 近くの冒険者たちの、聖女という言葉に反応してしまう。

 掲示板中央段の端で冒険者パーティーが一つの案件を凝視していた。

 会話が聞こえてくる。


「ヴァルハイムの王妃が聖女を殺したんだっけ?」

「あぁ。聖女が美し過ぎたのが理由らしい」

「ビアンカも街の人たちみたいにちゃんと顔隠しとけよ。王妃に嫉妬されたら首刎ねられるぞ」

「冗談でもやめてよ。本当に怖いんだから」

「ま、遠目で見たけど、今の王族の雰囲気は……」

「異常よ。王妃以外女性がいないじゃない」

「ふつうは侍女とか何なりいるよな」


 彼らの話題のきっかけとなったであろう、依頼を覗き込む。


『聖女の塔に住み着く悪霊退治』


「ゲイン、ちょっとそのでかい図体どけてあげなよ。かわいい子が依頼を見たがっているじゃない」

「ア、ゴメンナサイ」

「いえ、こちらこそごめんね……って、あなたその髪色――」


 あわてて髪を隠し一礼し、そそくさとその場を離れる。


「エルちゃん、行コウ!」

「もういいの?」

「ウン!」


 エルの手を掴み、冒険者ギルドを後にした。


 聖女の塔……その依頼がどうしても頭から離れなかった。

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