第77話 魔王討伐のレシピ①
皆が寝静まった頃、冥府を思わせる森の夜の闇。
武装都市ヴァルハイム近郊の西、グレンデの森。
師匠の水無月とともにエルは森の中を駆け抜けていた。
「エル。オークだ。訓練の成果見せてみよ」
エルが肩に乗ったスライムに手を伸ばす。
スライムが口を大きく開けた。スライムの口の中、その亜空間から一振りの刀を取り出す。
名もなき業物の刀。
柄を両手で握る。魔力が吸い付く感覚。
『気』と『魔素』とが交じり合う。
刀身に水の魔素を纏わせる。
呼吸するかの如く、瞬く間の出来事だった。
湾曲した刀身が、夜の底冷えした地を這う。
薄青の魔素と銀の軌跡が、下から上空へと闇を打ち払うように流れた。
静流一閃。
オークの首が飛んだ。
グガアアアアアアアアア。
「やるなぁ! エル! 一刀両断とは!」
骨ごと凪のような剣筋で切り伏せてみせた。
駆け抜けながら、横に刀を振り、血を振り払い、大上段に構え宙を飛ぶ。
二振り目。
打ち下ろしの凪の剣撃。
滝落割り。
脳天からオークが真っ二つとなる。
「好し。好し! 力はいらない。ただ己の最速で、魔素を薄く鋭く刀に纏わせろ」
水無月も弟子のエルと同じ型でオークを狩っていく。
ミスティからのクエストで『魔力増強剤』、『身体強化剤』の素材集めに来ていた。
オークの討伐と、巨大な毒蛇……修蛇狩り。
手始めとばかりにオークを狩ってみたが、水無月が想像していた以上にエルは強く、二人でオークの乱獲となっていた。
集団戦を得意とするオークだ。
しかしそれをものともしない二人の息の合った剣撃に屍の山を築いていた。
狩った素材は二人の後塵を追うスライムが回収し、ティアの元に運ぶ手はずになっていた。
だから二人はひたすらに駆け抜け、狩り続けている。
この数ヶ月、バフ料理を日々食べることでエルの身体能力も格段上がっていた。
能力向上において、以前の食事より、魔物から取れる栄養素の方が圧倒的に寄与していたのだ。
魔物の肉は知識あるものが調理しないと死に至る危険なものではあるが、適切に処置すればその限りではない。
エルの戦闘力向上の理由は、身体能力の向上によるものだけではなかった。
水無月から渡された刀を振るっているからでもある。
普段孤児院で使っている武器を見た師匠は呆れて肩を落とした。
どの武器も量産型で、鍛冶師の『気』が入っていないものだから。
「こんな武器に魔力を通していたのか。そりゃ刃こぼれするに決まっとるわ。武器が耐えられん。鍛冶師の『気』の入っていない武器には使うなと教えただろ」
「聞いてない」
「いや言っとるわ」
「靴下の話しかされていない。もう靴下の話しないよ?」
「全くわかっとらん! そもそも靴下の話はするとかしないとかいう話じゃなかろう。靴下の美しさ、その魅惑は自然と口から出ている話題だ。ま~~~だ魅力がわかっとらんのか」
と不毛なやり取りに脱線したがその後、水無月はエルに刀を渡した。
今までのカナリスに持ち込めば問題になっていたが、今は状況が違う。
その刀をエルの肩に乗ったスライムが常に保管してくれていた。
……。
巨大な毒蛇……修蛇。
蛇系の下位竜、サーペントの亜種。
サイズは数メートルから数十メートルに及ぶものもいる。硬い鱗と猛毒を持つ。ただでさえ硬い鱗であったが、それを更に硬化することもできた。
加えて、その猛毒は生物だけでなく、土すら溶かすほどのものだ。
大蛇の通り道は、わかりやすい。
大物の修蛇となれば尚更だ。
巨大な蛇の通り道が黒くうねっていた。
森の影の茂み、エルと水無月が刀を収め、呼吸を整えていた。
夜露に光る草花。虫の歌が響いている。
周囲に獣の気配が消えた。
強大な魔物の気配。
「来るぞ……修蛇だ」
月明かりに筋状に浮かぶ硬質な鱗が、大地を脈動する血管のようだった。
大地をえぐりながら、蛇独特の音を鳴らし、舌を振るわせ空気中の匂いの粒子をひろっている。数十メートル級の巨躯でありながら、暗闇の中を滑るように動いていた。
槍のような鋭い牙が口から覗くたび、猛毒の滴がしみ出し、地面に落ちるとぶくぶくと泡立っている。
ここまで大きさの修蛇は上級の魔物に匹敵するほど。
「準備はいいか?」
水無月の声にエルは頷いた。エルはゆっくり息を吐く。心臓の高鳴りはない。冷静にただ獲物を狩るだけ。
それは死の間際でも変わらないだろう。
エルは静けさを感じた。世界から切り離されたように、音が遠ざかったような心地。
「いくぞ」
水無月の声に、エルが刀の柄を握る。魔力が一瞬、揺らぎ、水の魔素が刀身を薄青に染め上げた。
足に『気』を込め飛ぶ。
間も無く、エルは大蛇の背の上空にいた。
静流一閃。
刀身が空気を切り裂き、修蛇に到達、鱗をはがし一瞬で身を裂いた。
骨に到達したが両断には至らない。
大蛇は暴れた。反撃の毒牙。身体を振りかぶり、猛毒を周囲に浴びせていく。
きゅるうぅ。
エルの肩に乗っていたスライムが大きく口を開け、その毒を飲み込んだ。
エルの型、演舞が続く。奔流撃。二撃、三撃……連撃が大蛇の腹を裂いていく。
だが蛇の身体の大きさは生命力と比例する。致命傷には至らない。
大蛇が警戒音を出し、あたりに毒ガスが満ちていった。
そのまま逃げるように地を這っていく。
「師匠!」
「あい分かった」
大蛇の逃げた先にいるのは水無月。
抜刀術の構え。
魔力を剣先に練り上げている。
警戒に鎌首をもたげた、その修蛇の腹部に、水無月の跳ね上げた刃が抉る。
エルが裂いた鱗の隙間に、正確無比の一閃をたたき込んだ。
奔流撃。
真皮まで届いた。蛇は苦痛の咆哮をあげ、巨体をよじる。だが、完全な止めには至らない。鱗の硬度と生命力を併せ持つ相手は、仕留めるのは困難。
「ちぃっ。エル!」
エルがスイッチし、大蛇の両断を狙う。
蛇の懐深くに飛び込んだ。
演舞、滝落割り。
修蛇の腹部へのとどめの追撃。大上段から渾身の一閃が走る。
水の魔素が粒となって流れた。咆哮とともに修蛇の身体は腹部から真っ二つに割れていく。体内の毒液が激しく噴き出していった。
きゅるうぅ。
まるで血の滝のような毒をスライムがごくごくと飲み干していった。
スライムの水色は、紫の毒々しい色へと変わっていく。
水無月とエルは並びたち、刀を構えたまま息を整えていた。
風が草木を揺らす。
スライム達が絶命した大蛇に群がり、その巨大な死骸を包み込むようにして飲み込んでいく。
水無月がエルの頭を撫でた。
「帰るとするか」
「うん」
水無月は微笑んだ。
二人が刀を拭うと、水の魔素が闇にうつくしい粒子となって散っていく。
「大蛇はうまいのか?」
「ほとんど食べられない。食べると身体壊して死んじゃう。けど舌は食べられるみたい。食べてみたい」
「さすがにそれはやめておきなさい」
「いやだ。後で試す。師匠もいる?」
「……やめておく。エルもほどほどにするように。好奇心は猫をも殺すというしな」
二人は、夜の森を後にした。




