第74話 カナリスを潰すレシピ
防衛三日目の夜。
第二防衛ライン、野営地のテント。
『エルさん。毒は薬にもなります。使い方次第なんですよ』
『愛こそすべて、ですよ』
『……誰のために剣を振るうかも考えておきなさい』
エルはティアと師匠の言葉を思い出していた。
僕は誰のために、どう、この武器を振るえばいいんだろう、そう考えながら、異世界レシピを起動し眺めていた。
『幻蝶粉』幻影、幻聴を誘発させる
必要素材…彩蝶の鱗粉、夢幻花の蜜、幽音草エキス
『悪夢誘引液』悪夢を見せ、弱らせる
必要素材…オーガの体液、マンドラゴラのエキス
『ソーマリス』多くの人々を破滅させた、合成麻薬
必要素材…バジリスクの血、バジリスクの毒牙、幻視草、マンドラゴラの葉
『魔物避け』と『魔物寄せ』、『催眠ガス』を武器に、必要素材の採取に単身、森の奥地に向かう。
チャンスは今日を入れて二回。
作戦は思いついた。
材料収集の最短距離を突き進むこと。
命を賭けるというリスクを背負い、最大のリターンを狙う。
そして、近いうちに、この都市防衛という利益のない搾取されるだけの命の綱渡りを止めなければならないと思っていた。いつデュークやケイ、フィーが死んでもおかしくないから。
この防衛の参加を止めるためには、院長を倒すだけでは駄目ということも理解していた。そして、ケイ達を脱走するように仕向けることも無理だと感じていた。少なからずカナリスの教育で洗脳されているから。
きっと、この状況を打開するために、毒を薬として使うことが大事なのだと思う。
ティアはそれを伝えたかったのではないだろうか。
異世界レシピは武器なのだということも理解し始めていた。
けど――。
「愛こそすべて」
呟いてみた。愛が何なのか、いくら考えても分からなかった。
……。
エルは起動していた異世界レシピを閉じた。
デュークとフィーを起こさないように静かにテントの外へと移動。
「また外へ抜け出すのか?」
犬歯が光って見えた。テントの外で焚火にあたりながらケイが言う。
「うん。ケイが見張り番の時しか行かないけど」
「なんでだよ」
彼は笑いながら振り向いた。カナリスにいる時と違って、毒気が抜けている気がする。穏やかな表情だ。
第二防衛ラインとはいえ、見張りが必要だった。第一防衛ラインを突破した中級以上の魔物が襲ってくる可能性もあるから。
「心配しないから? それにケイは絶対報告しないってわかってる」
「……心配は……まぁ、なんだ。ちゃんと帰って来いよ」
「うん」
「そんなにいいもんかね。外の世界って」
枯れ枝を火に投げ込みながら、ケイは夜の空を見上げた。
その横顔に本音を伝える。
「ケイにはカナリスは、狭過ぎるよ」
「はは、何だよそれ。オレの居場所はカナリス以外ないだろ」
ケイはひらひらと手を振る。
洗脳。
その言葉が頭に浮かぶ。
やっぱりカナリスは潰すべきだと思った。
……。
スライムを懐から出す。
きゅるぅ。
かわいいかわいいスライムをつんつんと押すと、いくつかのアイテムを出してくれる。
『抗不安剤』
『魔物避け』
『魔物寄せ』
『催眠ガス』
『抗不安剤』を数個取り出し飲む。恐怖を和らげるため。弱い心を殺すため。
『魔物避け』を全身にたっぷりと塗っていく。
さて、森の中へ行こう、と歩き出そうとしたところで、スライムがふるふると震えた。
きゅるぅ。きゅるるぅ。
みるみると大きくなり、身体を覆い尽される。そして、ゆっくりと服に変わっていった。
あぁ、なるほど。と思う。
「ありがとう」
きゅるぅ。
迷彩仕様の服になってくれているようだ。
大人や子供、冒険者や傭兵の横を抜け、防衛ラインを超え、深い深い森へと駆けていく。
暗い森は不気味で、冥府への入り口に思えた。けど怖さはない。
黒角トロールに遭遇する。
斧を引きずりながら闊歩していた。
鬼の顔をした、トロール。
上級の魔物。奴がその気になれば、一瞬で命が奪われる。
しかしトロールはこちらを気にする素振りをみせなかった。
その後も何度も中級や上級の魔物に遭遇した。
ここ最近、強い魔物が増えているようにも思う。
大小様々な魔物の横を無表情で駆け抜ける。
上級の魔物に襲われたら抵抗など無駄だ。
だから『魔物避け』の効果を信じて、息を殺し身を潜め、やりすごし、淡々と走り続けることが正しい行動。一度森に足を踏み込んだ以上、信じるのみだ。
襲われれば死ぬだけのこと。
巨大な蛇の魔物、修蛇が、自分の体より大きな口を開け近づいた。
息をひそめ、じっと目の前の牙を見つめる。
大蛇の口から涎が垂れてきた。その液体は地面につくと、ぶくぶくと生き物のように蠢き始め、気体となって空気に溶け込む。
毒。
触れれば身体が溶ける。
だが、蛇は鼻先で匂いを嗅ぐだけで去っていった。
そろそろ目的の魔物が出現する地域。
静かに木に登る。冒険者が野営をしている場所を見つけるためだ。
焚き火の煙を探す。
そこで冒険者が身体を休めているから。
煙の麓、冒険者の居場所にたどり着き、彼らのテントを確認して、首を振る。
この冒険者は違う。あの冒険者も違う。
強い熟練の冒険者パーティーを探していた。
目的の薬草や素材を採取しながら、ようやく、高価そうでありながらも使い古されたテントで野営している冒険者を見つける。
野営は冒険者にとって最も大切な行為の一つだ。
自らの命を、道具に託す行為と言ってもよいから。
冒険者の熟練度を見極めるのは、その野営の道具を見ればいいと思っている。
強い冒険者は金を稼ぐから、貴重なテントを使う。
強い冒険者は長く続けているから、テントは使い古されている。
あるいは他の冒険者とは違うギミックや癖が野営の道具に含まれているはずだった。
魔物強襲回避用の魔法陣であったり、特殊な魔道具であったり、何かしらの特徴を有しているのだ。
だから冒険者の強さを見極めるために、テントの質をじっくりと観察していた。
そして、とうとう目的の強い冒険者パーティーを見つけた。
彼らの野営地の近くの木に登る。
彼らのテントに向かい、『魔物寄せ』を投擲。着弾と同時に、瓶が割れ液体が漏れ出る。それは空気に触れるとガスとなっていった。
「凪の風よ、涼しき息吹で身体を包め」
生活魔法を使い、『魔物寄せ』の匂いを充填させる。イメージは四角い箱。
冒険者を囲うように匂いを閉じ込め、彼らに匂いを染み込ませる。
少しの時間ののち、薄く薄く、外へ匂いを漏らし、魔物を引き寄せることにした。
魔物を引き寄せる導線を、冒険者に向けて作るように。
しばらく経った後のことだ。
森がうごめく気配を感じた。
夜の底が冷えてくる。
魔物が唸る声がした。仲間を呼ぶ声なのかもしれないし、興奮しているだけなのかもしれない。
地鳴り。
魔物が襲い来る気配。
爆竹を投げ、大きな音を出し、冒険者達の警戒感をあおる。
冒険者たちが戦闘警戒の掛け声を上げた。
木から降りる。『魔物避け』を再度ぬりたくり、茂みに身を隠し息を殺し、行末を見守った。
多種多様な魔物達と熟練冒険者の戦闘が始まる。
じっとその光景を見つめていた。
目の前を横切る魔物をじっと見る。
魔物達の矛先が自分に向けば、死ぬ未来は避けられない。
だが、エルの表情は変わらなかった。
恐怖を消す薬を常用していたから。
怖くはない。弱い心は既に殺している。
心臓の鼓動も平常どおり。
効率と能率を重視し、目的のために危険を承知で最短距離を突き進むだけだった。例え、他人に迷惑をかけようと。
今は明確な目的ができたから。
カナリスを潰す。
そのために毒を作る。
魔法の詠唱。
武器による金属音。
冒険者の叫び声と、魔獣の絶叫。
戦いの光。
それをいつもと変わらない心地でじっと見つめていた。
……。
死屍累々。
魔物たちの死体が蔓延っている。
想像以上に冒険者達は強かった。
一人一人が強者であったが、連携ともなると更に強い。尊敬すべき人たち。
けれど彼らは戦闘を終え、油断していた。
座り込み、互いを称え合っている。
エルは投擲式の『催眠ガス』の薬玉を、安心しきって休んでいる冒険者たちに向かって投げ込んだ。
着弾と同時に、薬玉は中身が割れ赤熱し気化されガスとなりあたりを覆っていく。
風の魔法で、それの流れを調整。気化したガスを吸い込んだ冒険者たちは夢の世界へと旅立っていった。
エルはスライムを使い、有象無象と横たわる魔物の死体を保管していった。
最後に『魔物避け』を眠る冒険者たちに塗り、『気付薬』の液体を彼らの口に流し込み、茂みの影から彼らが起きるのを待ってから、次の場所へと移動する。
倫理に反した行為を繰り返し繰り返し、素材を集めた。そして帰宅の途につく。
強い者に狩らせて奪う。
これがエルが考え付いた、単身で材料収集する方法だった。




