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第73話 魔物喰いの子供達


 半日の戦闘を終え、他の班と入れ替わりで、第二防衛ラインの野営テントまで後退する手はずになっていた。

 既にデュークもケイも我先にと休息に向かっている。少しでも早く身体を休めることが、生き残ることにつながるから。


 都市の錬金術師の回収班にワイバーンを持っていかれる前に、エルはその一部の回収を試みていた。これで異世界レシピを実現してみたい。そう思ったから。


 ワイバーンを安全圏まで引っ張っていく。

 他の班が防衛中にも関わらず、堂々とワイバーンを解体していた。

 過酷な環境下にあって彼に注目している者はいなかったから。


 すると隣で佇む気配が一つ。

 フィーが傍らでエルの様子をじっと見つめていた。


 何も言わずただじーーーーっと、解体作業を見ている。

 フィーは他の人にこのことを報告しないという確信があったから、エルは気にせず解体していた。


 解体を終え、スライムに牙、角、血液、肉を保管してもらったところで、フィーが口を開く。


「エルちゃん、ソレ、ドウスルノ?」

「うん? ……食べるよ」


 肉は能力強化や回復などのバフになるから。

 異世界レシピで異世界のアイテムを作ることは秘密にした。牙や角、血液は異世界レシピで実現する薬の材料となる。何を作れるか今からわくわくしている。


 食べると宣言することは別におかしいことじゃない。多分。

 フィーは化け物を見たかのように目を見開く。その後すぐに子供を諭す母の顔になった。


「……駄目ダヨ。オ腹、壊スヨ」

「大丈夫。試してみたい」


「む……。捨テナサイ!」


 怒られた。邪魔をするようにスライムを抱える腕にぎゅっとしがみついてくる。

 自身の考えを押し付けないフィーにしては珍しい行為だ。


「支給食あるけど、現地調達も必要。いざという時の為に食料は温存すべき、うん。そう。だから僕はワイバーンの肉を食べる。皆食べなくてもいい。僕だけ食べるから」

「魔物駄目! 変ナノ、付イテイルカモ! メ!」


 駄目駄目駄目とぷんぷん怒っている。ここまで頑ななフィーは珍しい。

 しがみつかれているが、軽すぎて苦ではなかった。スライムの頭を撫でながら、フィーごと引きずり野営地に向かうことにする。


「魔物の肉を食べると強くなるんだ」

「駄目!」


 にゃーにゃーと叫ぶフィーを引きずりながら、異世界レシピの鑑定機能を見る。

 異世界レシピで何を作るかはまた後で考えるとして、今は肉を食べることで何を強化できるのかを調べていく。


 【ワイバーンの肉】

 希少度:Aランク

 状態:新鮮

 部位:塊肉、背肉、骨付き肉、心臓

 味の特徴:背肉と骨付き肉の脂は焼くと香ばしさが際立つ、塊肉と臓物は臭みがある

 バフ:疲労回復効果、魔力回復効果、魔力増強SS(心臓)

 魔力含有量:高

 注意点:生で食すと毒。髄液(ずいえき)は強い瘴気を帯びている。臓物部位は独特の苦みと臭みを持つため、ハーブや香草との下処理推奨。

 推奨調理法:炭火焼き、燻製(くんせい)、煮込み


 魔力増強、しかもSSか……フィーに食べさせるべきものだ。臭みがあるようだけど仕方ない。食べてもらうのが最適解。これは嫌がらせではない。フィーのためだ。うん。

 フィーをじっと見つめると、ぶるぶると身を震わせ尻尾が太くなった。


「ヤ、……ヤァ……」


 野生の勘という奴だろう。フィーは何かを察しているようだ。しかしそれでも腕から離れようとしない。絶対に食べさせよう。そう決めた。生き残るためだから。生き残って欲しいから。


 苦味があるようだが、薬とはそういうもの。フィーに食べさせることでどれだけの魔力が増強するのか、楽しみになってきたというのもある。

 離れようとするフィーをがっちりと掴み、小脇に抱え、野営地に向かう。


「ナー……」


 彼女の諦めにも似た鳴き声が夜の闇に溶けていく。


……。


 野営地に戻ると、デュークとケイがにらみ合っていた。


「なんで喧嘩してんの?」


「……ケイとどっちが飯の準備するかで揉めた」

「デュークのために働くなんざ無理な相談だろ」


 デュークは罰が悪そうに、ケイは堂々と言った。二人の組み合わせならそうなる。


「今日も僕が作るよ」

 ちょうどワイバーンの肉も処理したかったし。

「私、監視スル……」


「監視って選択あんのか?」

「アルノ! 大事!」

「お、おぅ……」


 フィーに威嚇するように言い返され、ケイは少したじろいでいた。

 珍しい。


 監視の目があるのなら異世界レシピの実現は難しそうだ。アイテム作りはやめよう。

 本当はワイバーンの牙や角、血液を使って薬でも作ろうと思ったのだけど。


 実現できそうな所でいえば、ステーキや串焼き、煮込み料理くらい。


 だが料理に興味はない。バフを手に入れることができればいいから。料理に時間をかけても、栄養素はかわらない。生きるためには必要のない行為だ。


 いつも通り支給されたモノを淡々と調理していく。

 調理といっても刻んで、スープを作るくらいだ。

 支給された塩漬け干し肉、硬いパンを食べやすいようにスライスしていく。


 野菜と根菜スープ。

 支給された野菜と近辺で採取した根菜を生活魔法で綺麗にし、鍋に突っ込んでいく。


 根菜は異世界レシピで確認した、栄養価の高いものだ。

 疲労回復効果、魔力回復効果、集中力向上、毒耐性……。


 魔法で水を精製、枯れ木に火を灯す。

 ぐつぐつと煮えたったら塩を適当に振り、スープっぽくして完成。


「完成だ。皆食べてて」

「ありがとな、エル」


 デュークが屈託のない笑顔を向け、食べ始める。


「あ? エル、お前は食わねぇの?」 

「食べるよ。ケイも先食べてて」

「本当だ。俺たちに全部わけてる。干し肉三等分……肉いらないの?」


 デュークの疑問にフィーが答える。


「エルちゃん、ワイバーンノ肉食ベル、ツモリ」


 フィーがぷくーと頬をぱんぱんにしている。私怒ってます、と伝えるように。


「「はぁ?」」


 隠すつもりはない。

 弁明することなく、淡々とワイバーンの背肉と骨付き肉を焼いていく。

 分厚く切り取り焼くだけ。

 焼きあがったら塩をふる。

 あたりを食欲をそそる香ばしい匂いが包む。

 出来立てを食べてみる。


「あ、おいしい」


 脂が甘いということを生まれて初めて知った。適当に焼いただけなのにうまい。


「「「……」」」


 デュークとケイがその匂いによだれを垂らしている。

 否定していたフィーすらも。

 ケイが我慢ならないとばかりに肉を掴み口に放り込む。

 はふはふ、と熱さを楽しむように咀嚼し、頭を抱えた。


「ダ、大丈夫? ダカラ、魔物ヲ食ベチャ駄目ッテ! エルちゃんも、吐キ出サナキャ!」


 顔を上げたケイは涙を流し、さらに肉を掴み口に放り込む。ただ一言。


「馬鹿うめぇ」


 デュークも恐る恐る肉を口に入れ……そこからは無言でケイと競うように食べ始めた。いつもなら喧嘩するところが、二人は味の感想を楽しそうに伝えあっている。


「ウ、嘘ダァ……」

「フィーも食べて見ろよ、人生損してるぜ」

「ケイ。フィーは食べちゃダメだ」


 フィーがとんでもなく傷ついた顔をした。

 今にも泣いてしまいそうなほどに。

 デュークがワイバーンの背肉を挟んだパンにかぶりつきながら言う。


「エル、どうした? フィーを苛めるのは意外」

「……ゴメンネ」


 なぜかフィーは謝り、猫耳を垂れ下げ、しっぽを丸めていた。


「……? 謝る必要はない。フィーにはワイバーンの心臓を食べてもらいたいから」


 一口サイズに切り、焼いたワイバーンの心臓をフィーのパンの皿に次々にのせていく。

 少し、いやかなり特殊な臭いが漂う。


 本当はもっと香料を使い、作り込むべきと異世界レシピに書かれているのだけど。時間と得られる効果を考えて、焼くだけにした。


「試しに食べてみたけどすごくまずい。でもどうしてもフィーに食べて欲しい」


 フィーのスープにも焼いた心臓を放り込んだ。


 ぽとん、という音が響き、

「アァっ!」

 と、フィーの悲しげな声があがる。

 ううううう、という恨めし気な声とともに見つめられた。


「どうしても食べて欲しい。…………一生懸命作った」


 誠心誠意に、けれど大げさに伝えるとフィーは悩んだ。

 

「……」

「…………」

「……………………ァィ」


 観念したようにフィーは鼻をつまみながら食べ始めた。

 これできっとフィーは大丈夫。


「デューク、こいつは喰わんほうがいい。絶対そうだ。オレの嗅覚がいってやがる」


 ケイの言葉にデュークが同情の目を向ける。その後何もなかったかのように、美味しい部位をガツガツと食べていた。


「おい、デューク、ワイバーン毎日狩るぞ」

「あぁ!」


 背肉や骨付き肉など、十分に堪能したデュークとケイが拳を合わせ、友情を芽生えさせていた。


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