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第71話 武装都市ヴァルハイム近郊


 エル達は馬車に詰め込まれ、孤児院から都市外へとつながる門を通り担当区域に向かっていた。


 武装都市ヴァルハイム近郊、第一防衛ラインの一部がカナリスの担当区域。

 そこへ向かう道中。上空からヴァルハイムを狙う、対飛翔型の魔物を打ち落とすための迎撃部隊が、砦の上に配備されていた。

 

 馬車の窓から見える、第三防衛ラインの兵士たちは酒を飲み賭博をしている。

 彼らは貴族であったり商家であったり。裕福で献金を多く行っている家柄の者だ。形だけ都市を守っている。いざとなったら彼らの大半は逃げることだろう。実際は守られる側の人間。


「けっ。良いご身分だよな」


 ケイがその光景を見てつまらなそうに足を組んだ。


「酒って美味いのかな?」


 デュークは食べることが好きで、大人たちが食べる物に興味を持つ傾向がある。

 ぼんやりと異世界レシピを眺めていたエルに目を向けた。


「エル、酒のことは知ってんの?」

「うん。美味いかどうかは人による。利点はリラックス効果、脳の理性を司る部分の働きが緩やかになり、緊張がほぐれて気分が明るくなる。ストレスの緩和、副交感神経が優位になり、日常の疲れを一時的に忘れさせる。コミュニケーションの円滑化、緊張を和らげることで、人との会話が弾みやすくなる。逆に危険は臓器への負担、生活習慣病、睡眠の質の低下。寝つきは良くなるけど、深い睡眠が妨げられ、夜中に目が覚めやすくなる。それに気が緩むから戦闘には不向き」

「…………りらっくす、ふくこうかんしんけい、せいかつしゅうかんびょうって何?」

「わからない」

「っ⁉」

 

 デュークが身を逸らして目を大きく開けてエルを見ていた。

 訳が分からない単語をよどみなく、呪文のように告げたにも関わらず、本人が理解していなかったから。その反応を意に返せず、エルは再び異世界レシピを読み込み始めた。


 第二防衛ラインを通る頃には緊張感が漂い始めてきた。馬がおびえてしまい進まないため、ここからは歩いて進む。

 戦闘に特化した兵士たちの大部分は第二防衛ラインより奥に配備されることになっている。この防衛区では第一防衛ラインを突破してしまった中級から上級の魔物と戦うことになるからだ。


 第二防衛ラインは主に上官と軍に完全服従している孤児院の大人と子供……兵士たちで組織されていた。彼らは良く言えばカナリスの子供たちより統率が取れている。悪く言えば表情や意思はなく、ただ上官の命令に従う駒のような兵士たちだった。


 おそらく薬物による完全支配。


 カナリスを脱走しようとすれば、彼らと孤児院の大人が追いかけてくることだろう。そもそもケイもデュークもだが、カナリスの子供たちは脱走しようという思考には至らない。薬を抜きにしても少なからず、孤児院での教育が影響しているのだろうとエルは思っていた。


 第二防衛ラインの子供たちを食い入るように見ていたフィーがエルの手を掴んだ。


「フィーは大丈夫」


 彼女は言葉の代わりに二度手をぎゅっぎゅと握ってきた。


 その奥、最前線、カナリスの担当する区域の一部が第一防衛ライン。孤児院の兵士、冒険者、傭兵が戦う区域。

 初級から上級に分類される魔物が常時襲ってくるため、常にどこかしらから戦禍(せんか)の音が聞こえてきていた。


 第一防衛ラインと第二防衛ラインの境には、柵状の防御壁が何層かに分かれ囲っており、簡易式の結界呪符が貼られている。


 聖女の結界には遠く及ばないが、弱い初級モンスターの侵入くらいは防げる代物だ。呪符は東の巫女の技術を参考に、ヴァルハイムの錬金術師と魔導技師が考案したものだった。


 カナリスの子供たちの目的は、この簡易結界を維持すること。初級の魔物の間引きと、中級以上の魔物を狩ることだ。

 

 孤児院の子供と大人たち、傭兵、冒険者がそれぞれの持ち場で、前線司令官エーリヒ曹長のもと、脅威となる魔物を狩っていた。司令官は形だけで表に出てくることはないが。


 今日は珍しく穏やかな日だった。


 初級モンスターのゴブリンやコボルト、トレントを狩りながら待機していると、迷彩仕様の一匹のスライムが、皆の視線をかいくぐりながら健気にエルの元へとたどり着いた。


 ティアのスライムだ。

 どのように居場所を索敵しているのかはわからないが、毎回無事に到着する。


 きゅるぅ。


 スライムはかわいい声だ。

 集めた素材を食べさせると、ティアの元へ持っていってくれる。


 いつものように懐に忍ばせようとスライムを掴むと、ふるふると震えた。

 口を開きアイテムを吐き出してくる。

 『魔物避け』と『魔物寄せ』、拳ほどの玉薬、そして手紙が入っていた。


『玉薬は投擲式の催眠ガスです。有効に使ってくださいね。』


 ティアの字であると分かる。

 これを使ってアイテム精製の素材を集めろということなのだろう。


幻蝶粉:幻影、幻聴を誘発させる

 必要素材…彩蝶の鱗粉、夢幻花の蜜、幽音草エキス


悪夢誘引液:悪夢を見せ、弱らせる

 必要素材…オーガの体液、マンドラゴラのエキス


ソーマリス:多くの人々を破滅させた、合成麻薬

 必要素材…バジリスクの血、バジリスクの毒牙、幻視草、マンドラゴラの葉


 中級の魔物や森の奥地に行かなければ得られない物も多い。

 偶然狙いの魔物が都市近くまで来てくれれば問題はないが、そんな偶然は起きないだろう。単身探しに行き狩らなければならない。


 単独で挑んでは命がいくつあっても足りない。

 どうするか作戦を考えなければならなかった。


 アイテムをスライムに再び飲み込んでもらい、懐に忍ばせる。


 きゅるぅ。きゅるるぅ。

 スライムがうれしそうに、懐にもぐりこんでくる。すごくすごくかわいい。


「……」


 デュークがこちらをじっと見ていることに気づいた。

 スライムの鳴きまねをしてごまかす。


「きゅるるぅ」

「……エル。俺もそういう時期あったよ」


 どういう時期なのか、ごまかせたかもよく分からないが、デュークはなぜか子供を見守るかのような遠い眼をしていた。多分スライム自体には気づいていない。


「さぁーて今日の獲物は何かなぁ~」


 ケイは孤児院よりも自由を感じているのか、気分がよさそうだ。死の危険を微塵も感じさせない。自信に溢れている。


 先ほど地面に設置した、氷結の魔法陣の罠に中級の魔物がかかるのを今か今かと待っていた。


「ケイ! さぼってないで初級の魔物も狩れよな!」

「あぁ⁉ うるせぇなぁ……エル達が狩ってくれんだろぉ。中級の奴がきたら気張るからよ。なぁ、エル?」

「うん。その方が効率的。デュークも温存して。僕とフィー。大人達で狩るよ」


 いつものように喧嘩を始めそうになる二人とは対照的に、フィーは真っ青な顔で今にも倒れそうなほど緊張している。声掛けにも反応していなかった。


「フィー?」

「……あ、アィ」


 声に気付くと従順にフィーは近づいてきた。

 近くに来て欲しかったわけではないが。


 ふと気づく。そういえば『魔物避け』があった。 

 フィーの手をつかむと、びくっと小さく跳ねる。


「え? ナ、ナニっ?」

 そのまま野営のための簡易式テントまで連れて行く。


 視界が外から遮られたことを確認し、懐に手を伸ばし、スライムを取り出す。

 スライムは安心しきっていたのか、迷彩を解いていた。

 つぶらな瞳が大変かわいい。


「ス、スライム!?」

「彼は味方。秘密。いい?」


 フィーはこくこくと頷いている。

 基本的にフィーはすぐ信頼してくれるし、秘密は洩らさない傾向にあった。

 

 スライムをつんつん押すと、ふるふる震え、口から『魔物避け』を出してくれる。

 それをフィーの顔と手に塗りたくっていく。ケイやデュークと比べて、フィーの身体は不安になるほど華奢だ。


「ンっ」

 

 何かも分からないモノを顔に塗っても抵抗はなかった。

 灰色の瞳でじっと見つめられている。


 全身に塗った方が効果はあると思う。だが、あくまでおまじない程度だ。回復の要のフィーを皆で守るという意識があればいい。そもそもそのつもりだったから。


「エルちゃん、アリガトウ」


 ふにゃと笑みを浮かべる。

 何かも分からない物を塗っているというのに、礼を言われてしまう。


「これ魔物避け。効果はあると思う」

「ソウナンダっ。変ナ匂イダネ」


 フィーはくんくんと匂いを確かめ、お返しとばかりに顔や手に塗り返してくる。

 顔をふにふにと引っ張られた。フィーの先ほどまでの青ざめた顔に血色が戻っている。

 彼女の手がほんのりとあたたかくなっていく。


「天上の光の名のもとに、やさしき者に幸運を。彼の身に神の恩寵を与えたまえ」


 光が包んだ。

 これはただの祝福。けれど心の底から力が湧いてくるのを感じた。

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