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第69話 子羊に紛れた呪子と寵愛


 あれだけ大人に打ちのめされたというのに、エルの傷は回復していた。意識を失っている間にフィーが回復させたことに加え、隠れて異世界レシピで作った特製回復薬を飲んだからだ。


 皆が寝静まった頃、エルは一人、毛布から抜け出した。


 部屋の隅の床板を外し、ティアという女性からもらったマジックパックを取り出す。その中から二つの袋を取り出した。


 魔法で水を作り布を濡らし口元に当てる。念のため、小さな風の壁を口元に作り、防護した。


 取り出した二つの袋を開け、中に入った粉を適量混ぜ合わせると赤く発熱し始める。やがて液体になり、揮発し、ガスとなり部屋を覆っていく。


 部屋の子供たちが深い眠りに落ちていった。


 『催眠ガス』


 異世界レシピで作った物の一つ。

 頭の中で孤児院の内部を思い浮かべる。


「凪の風よ、涼しき息吹で身体を包め」


 本来は涼しい風を作るだけの生活魔法。

 それを使い、催眠ガスを孤児院内部に行き渡らせる。

 エルは魔力量は少ないが、魔力制御は得意だった。そして孤児院内部、大人たちが眠る場所は全て熟知している。


 催眠ガスの効果が出るまでじっと周囲を見回していた。


 珍しくケイが傷だらけの顔をしていることに気づく。自分が気を失った後、懲罰があったのかもしれない。ケイは強いから大人複数と組手をしたのかも。


 マジックパックから塗り薬を取り出す。

 深い眠りに落ちているケイに、異世界レシピで作ったそれを塗りたくる。

 暴君も寝てしまえば子犬のようだった。


 あまりに無防備で偽物の可能性もあったからほっぺを摘み、犬歯を確認する。


「うぅ」


 まごうことなきケイだ。安心する。


 デュークも端正な顔が腫れあがっていることに気づいた。もちろん彼にも薬を過剰なほど塗っていく。顔を塗っていく時に、滑ってしまい誤って鼻の中に指が入ってしまった。


「フガァ」


 フガフガっと苦しそうに呼吸している。

 少し楽しくなった。


 二人とも身体がボロボロだったようなので、服を脱がせて全裸にし、全身に薬をかけた。そこで悩む。このまま服を着せると汚れてしまう。そのまま放置すれば裸で変態で大変だ。


 悩んだ。悩んだ挙句、そのまま放置することにした。

 治ることを優先したから。

 

 ただ見栄えが悪い。普通に寝ている子の隣に裸の子がいるのは変だと思った。

 ケイとデュークを引きずり、きちんと並べる。

 これで普通の子と、薬でテカテカした裸の変な子で分けることができた。


 裸の二人を並べ満足し、エルは慣れた足取りで、堂々と孤児院から抜け出した。


……。


 武装都市ヴァルハイムは眠らない。

 夜も魔物の襲撃があるから。闇は人を弱気にさせる。だからこの街から魔導灯の光が消えることはなかった。魔工具の資源となるクリスタルを採掘する、採掘場からは煙が立ち上っていた。


 慣れ親しんだ丘を駆け下り、明るい街の方向とは逆に進む。

 木々の間を通り抜け、やがてぼんやりと光が灯る、朽ち果てた修道院に辿り着く。

 

 修道院の扉を軽く叩いた。


 黒い修道服、ベールで顔を隠した女性が現れ、抱きしめられる。

 やわらかい身体。いい匂いがする。

 そして何よりあたたかい。


「こんばんわ、ティアさん」


 しっかりと抱きしめられているから声が小さくなった。

 人生で抱きしめてくれたのは、ティアが初めてだった。


「いらっしゃい。エルさん」


 絡みつくような、けれど魅惑な声。

 水色の美しい髪がベールの隙間で揺れた。赤い唇が笑みを形作っている。

 目は見たことがない。きっときれいな人だ。


 ティアと初めて出会ったのは武装都市ヴァルハイム近郊で仲間からはぐれ、死にかけていた時だ。その時救われた。命の恩人でもある。なぜ都市の外に彼女がいたかは分からない。知る必要もないと思っていた。


 ティアに救われた。その事実が一番大事だと思う。

 それ以来、こうして会いに来ていた。彼女からの依頼もあったから。


 中へと通され、促されるままテーブルの前の椅子に座る。

 なぜか来ることが分かっていたかのように、温かい淹れたての飲み物が用意されていた。

 部屋の中にはスライム達がふよふよと蠢いている。ティアの使い魔。

 きっとスライムが作ってくれた飲み物だ。

 普通の人はスライムを使役しないから、彼女が普通ではないことも理解していた。


「今日もいらしてくれたのね。うれしいわ」

「約束だから」


「そう……。今日もレシピを教えてくれるのですか?」

「うん。この間のレシピは再現できてる?」


「えぇ。完成してますよ。『魔物寄せ』と『魔物避け』。使ってみたの。すごい効果よ。けど」

「『魔物避け』は範囲を広げると効果が薄くなる?」


 異世界レシピに書いてあった。人間と同じように魔物にも慣れというものがあるらしく、使用範囲を広げると魔物も臭いや魔力成分になれてしまうようだ。局所で使うからこそ有効な物も中にはある。


「……えぇ。これで都市を守れると良かったのだけどね」


 世界は都合よくできていない。

 ティアは悲しそうだった。期待を裏切ったのかもしれない。

 なぜか頭を撫でられ、再度強く抱きしめられた。


「この二つのアイテムの異世界の歴史はどうでした? 知識が増えましたか?」

「うん。あのね」


 身振りで説明していく。知識を深めることと同じくらい、誰かに共有することは楽しいのだ。ティアに伝えて、初めてそれを知った。

 けどこれを誰から構わず伝えるのは良くないことである気がしていた。()()()()()()()()


 他の人には話そうと思わないのに、彼女にはなぜかとても語りたくなってしまう。

 そうなるように、信頼を強制させられているかのように、彼女の声に魔力がこもっているのかもしれない。けどそれでも構わないと思っていた。


 他にも新たにできたレシピについて説明していく。

 幻蝶粉、悪夢誘引液、ソーマリス。特にソーマリスの危険性と有益性を説明した。


 ティアはじっと話を聞いてくれている。

 説明を終えるとティアは口を開いた。


「素晴らしいですエルさん。今度は幻蝶粉、悪夢誘引液、ソーマリスを作りましょう。今度の都市防衛の際に、素材、集めてきてくれますか?」


 ティアがいつものようにレシピの材料を集めるお使いのリストを告げる。

 だが、今日はいつもと違った。

 今回の項目は物騒なものが多かった。彼女はそれに不釣り合いな普段通りの様子で。子供に街で少し買ってきて、というかのような気軽な口調だ。


 幻蝶粉:幻影、幻聴を誘発させる

 悪夢誘引液:悪夢を見せ、弱らせる

 ソーマリス:多くの人々を破滅させた、合成麻薬


 エルはティアのためなら別にどんな物でも協力したいと思っていた。けど。


「ティアさん。ソーマリスは――」

「エルさん。毒は薬にもなります。使い方次第なんですよ」


 赤い唇が呪いのように付け加える。


「愛こそすべて、ですよ」

「……うん。わかった」

「あ、そうです、そうです」


 返答を聞くと、ティアはパタパタと魔術工房へと向かって行った。

 その後を追う。


「はい。どうぞ。『魔物寄せ』と『魔物避け』です。使い方を間違ってはいけませんよ。そして」

「うん。訓練もするよ。おじさんいる?」


「……えぇ。頑張ってください」

 赤い唇が、薄灯りでうつくしく艶めいてみえた。


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